安倍晋三政権は、拉致問題の解決、すなわち被害者の奪還を国政の最優先課題に掲げてきたはずではなかったのか。間に合わなかった。非は北朝鮮側にある。だが、平成14年10月に蓮池薫さん(62)ら5人の被害者が帰国して以降、進展がほぼない中でこの時を迎えてしまった。
5日、横田滋さんが87歳で亡くなった。「遅すぎる」。他界した滋さんの妻、早紀江さん(84)は何度もそう口にしてきた。拉致被害者家族会の初代代表を務めた滋さんと、早紀江さんは救出運動のシンボルだった。
北朝鮮による拉致を多くの国民が信じなかったころから各地の街頭に立ち、13歳で連れ去られた愛娘(まなむすめ)の救出を声をからして訴えた。最初は冷めた視線を送っていた人々も悲壮感ただよう真剣な父の姿に心打たれ、世論が政治を動かした。
それでもめぐみさんとの再会は最期までかなわなかった。87年の人生、42年間娘を探し、待ち続ける苦悩は想像を絶する。
滋さんの思いを受け止め、わがこととして、拉致問題の解決に取り組んだ政治家や官僚はどれだけいるのだろうか。幕引きを図ろうとする北朝鮮の思惑通りに事が進むのを、ただ見届けるだけでいいのか。
とてもそうは思えないが、早紀江さんは「私たちはどこにでもいる日本の普通のおじいさんとおばあさん」と表現してきた。普通の家族に降りかかった事件。だからこそ思う。国のありようが問われている、と。(社会部長 中村将)