【書評】作家・佐藤優が読む『官邸コロナ敗戦』乾正人著 腹をくくった政治評論






 本書は産経新聞の乾正人氏(論説委員長)による政治評論だ。乾氏は、〈本稿は、あくまでも私的なものであり、産経新聞社論説委員室の考え方を代表するものではない〉と記している。新聞記者が本を出すとき、この種のただし書きを必ずつけるが、実際には組織の立場から大きく離れたことは書かない。しかし、本書で乾氏は、歯に衣を着せずに安倍晋三首相や今井尚哉首相補佐官等を批判する。

 乾氏は本書執筆の動機についてこう記す。〈谷内正太郎氏(評者註*前国家安全保障局長)へのロングインタビューを一冊の本「外交の戦略と志」(産経新聞出版)にまとめた高橋昌之記者が、令和元年十月に自裁してしまったのである。心の病を患っていたのは確かだが、真の理由はわからない。(中略)彼の熱心な仕事ぶりを同僚として三十年近く見てきた私は、なぜもう一歩、彼の人生に踏み込んで、この世に押しとどめてやることができなかったのか、という後悔の念をいまでも抱いている。以来、生きているうちにやれることは、やっておこうと考えるようになった〉

 戦いの途中で斃(たお)れた戦友の魂を弔うためにはリスクを取って自分が思うことを正直に書くべきだと乾氏は腹をくくったのであろう。ちなみに高橋記者は北方領土問題にも強い関心を持ち、評者も何度も取材を受けた。産経魂を体現した優秀な記者だった。早すぎる死が惜しまれる。

 乾氏は新型コロナウイルス(乾氏の表記では武漢コロナウイルス)に対する首相官邸の対応が遅れた背景に外交戦略の変化があると考える。〈なぜ習近平が令和二人目の国賓に決まったのか。安倍晋三首相自身が、第一次政権から基軸にしていた「価値観外交」を捨て、米国・トランプ政権との盟友関係を基軸に置きながらも民主主義や自由の尊重といった価値観を異にする中国やロシアにも秋波を送る「バランス外交」に大きく舵(かじ)を切ったからだ〉

 この認識は正しいと思う。もっとも評者は、わが国力を客観的に見た場合、安倍首相、今井補佐官、北村滋国家安全保障局長らが行った米国、中国、ロシアとの勢力均衡を基本とする「バランス外交」への政策転換が現実的選択だと考えている。(ビジネス社・1400円+税)

 評・佐藤優(作家)



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