【漫画漫遊】「文豪春秋」ドリヤス工場著 文芸春秋 文豪という名の妖怪たち





ドリヤス工場著「文豪春秋」(文芸春秋)

 何やら妖怪めいた文豪たちの絵に、某月刊誌のような重厚な黒文字。表紙だけでインパクト抜群である。本書は明治~昭和期の「文壇事件簿」を漫画で振り返る作品だ。国語の教科書に載る文豪たちの、良くも悪くも人間らしい一面を伺(うかが)い知ることができる。折しも先日、文芸界の“お祭り”である芥川賞・直木賞の発表があったばかり。両賞創設をめぐるあれこれも、結構赤裸々に描かれている。

 逸話を語ってくれるのは、文芸春秋を創刊した菊池寛…の銅像。なぜか喋(しゃべ)れるこの銅像が、若い女性編集者に夜な夜な昔話を披露する-という体で進む、一種のセルフパロディーだ。

 主に紹介される文豪は30人。芥川龍之介の大ファンであるがゆえ芥川賞に固執し、選者に<何卒(なにとぞ)私に与へて下さい>などと長文の手紙を送り付けた太宰治。後の大作家の青臭い行動に読んでいて恥ずかしくなるが、ちょっと共感もする。衝撃的なのは石川啄木。純朴な作風とは正反対の「借金の天才」であり、多額の借金は娼妓(しょうぎ)との遊興費などに消えたのだという。

 放埓(ほうらつ)なエピソードの連続と常識外れの変態性。自己中心的にもほどがある行動と強すぎる自意識。ともすればアクの強さに辟易してしまうものだが、そこは妖怪漫画の巨匠を彷彿(ほうふつ)させるトボけた絵柄とユーモラスな会話がクドさを中和してくれる。彼らの常人離れした「人間らしさ」を読んでいると、あたかも妖怪たちの生態をのぞき見している感覚にとらわれる。

 一方、純粋に「へぇ~」と感じるトリビアも多い。夏目漱石は猫より犬派だったこと。漱石や芥川、川端康成など文豪には意外と甘党が多いこと。「直木賞の直木とは誰なのか問題」など素朴な疑問にも答えており、芥川と菊池寛の友情にはグッとくるものがある。彼らの“素顔”を知ることが、敷居の高さを感じがちな文学作品を読むきっかけになるかもしれない。

 面白いのは、文豪たちの間には多かれ少なかれ接点があり、それが現在にも影響を及ぼしている点だ。余談だが、菊池寛が社会部記者として勤めるなど作中に登場する「時事新報」は、今あなたが読んでいる産経新聞の源流の一つでもある。この世のものは全てどこかでつながっているのだ。(本間英士)



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