日本では夫婦が離婚した場合、片方の親を「親権者」として定める「単独親権制度」をとっている。実は近年、離婚後にわが子に会えなくなり、悩みを抱える親が急増している。
【画像】辛うじて公開された文書もほとんど黒塗りに…
「親権制度」に翻弄(ほんろう)される1人の男性を取材した。江邑幸一さん(47)。
江邑さんには、月に一度、必ず訪れる場所がある。
そこに眠っているのは、16歳の若さで亡くなった長女の寛世さん。6年前、自ら命を絶った。
江邑幸一さん:
いつもここでこうやって。ごめんなさいということで
江邑さんは、2006年に元妻との間で離婚が成立。娘2人の「親権」を失い、当時 寛世さんとは離れて暮らしていた。
江邑幸一さん:
ごめんねしかないですね。ごめんねというのと、助けることができなかった
深く刻まれた「後悔」と「自責」の念。江邑さんには、当時も今も「親権」の壁が立ちはだかっている。
離れて暮らすようになってから、寛世さんの身に何が起きていたのか。娘が死にいたった経緯について、語ってくれた。
江邑幸一さん:
“お父さん子”のままで行ったので、お母さんの言うことをまず聞かない。だんだん会話もしなくなる…そういうささいなことが、年月を重ねることでなっていったと思う
次第に家庭内でも孤立していったという寛世さん。中学生になるころには、児童相談所の支援を受け、児童養護施設で暮らすようになっていた。
江邑幸一さん:
面会交流で月1回と決まっていたので、月1回で会ってました。その時は全然、普通の(母親との)親子げんかというか。児相に引き取られたくらいにしか思ってなかった
この時、江邑さんは娘を引き取るため「親権変更」の調停を申し立てたが、一度失った「親権」を取り戻すことはできなかった。
江邑幸一さん:
親子関係が崩れている証拠だし、(親権を)わたしの方に変えてくださいと言いましたけど、調停員は「児相で元気にしてますよ」と。「変える必要はありません」と言われました。なんで子どもの意見を聞いてくれないんだろうと