(CNN) 米大統領選に向けた最後の大統領候補討論会が22日夜、テネシー州ナッシュビルで開かれた。共和党候補のトランプ大統領は顧問の助言を受け、民主党候補のバイデン前副大統領と対峙(たいじ)してより抑制のきいたパフォーマンスを示した。ただ、選挙戦のすう勢を劇的に変えるほどの瞬間は訪れなかった。
先月末の第1回討論会はトランプ氏がたびたびバイデン氏を遮って発言し、視聴者が両候補の主張を把握できない状況だった。今回はより自制のきいた姿勢で臨んだが、誤った情報や個人攻撃は依然として多かった。選挙戦の終盤を迎え、トランプ氏は激戦州でのバイデン氏追い上げを狙って今回の討論会に臨んだ。
討論会の内容は中身に富んだものとなり、カバーする範囲も広く、前回とはきわめて対照的となった。米国民は両候補者の施策を把握する機会を得ることができた。
今回は前回の混乱を踏まえ、6つのテーマそれぞれの冒頭質問に対する回答の際に、回答者ではない候補のマイクを切る前例のない措置がとられた。テーマは「新型コロナウイルスとの闘い」「米国の家族」「米国の人種」「気候変動」「国家安全保障」「リーダーシップ」の6つだった。
バイデン氏、国境での家族離別でトランプ氏を非難
最も印象に残る場面の一つは、米南部国境で移民の家族が引き離されている現政権の対応に関するトランプ氏の反応だった。両候補とも中南米系の有権者からの支持を争っている。両親から引き離されている子どもを親と再会させる取り組みについて、トランプ氏は時間的見通しを示さなかった。
最近明らかとなった親と離れ離れの子どもが500人以上いる件では、直接回答はせずに政権が「とても懸命に」対応しているとのみ言及。子どもの扱われ方に自信を示しつつ、子どもを収容していた「おり」はオバマ政権時代に作られたものだと主張した。
バイデン氏はこれに対し、この夜で最も感情のこもった反論を展開。不法移民の両親から子どもを引き離すことは、米国民が支持するあらゆるものに反すると批判した。
「子どもは親の腕の中から奪われ引き離された。そして500組以上の親がみつからず、子どもは孤独な状態だ。どこにも行くところがない。これは犯罪的だ」(バイデン氏)
トランプ氏はこれに対し、「彼らはとてもよく世話をされている。とてもきれいな施設にいる」と述べ、メディアも収容施設を見ていると指摘した。
米司法省などは20日、トランプ政権下で引き離された親子の再会に向けた取り組みについて裁判所に書類を提出。その中で、2017~18年に親から引き離された子ども545人の両親が見つかっておらず、親は強制退去させられた可能性が高いことが明らかとなっていた。昨年公表された政府の監視団体の報告書は、そうした子どもが当局が認識している数より数千人多い可能性があるとも指摘する。
トランプ氏は政権の対応が抑止力になっていると主張。国外追放された後に再び米国に来る移民は1%未満だと述べ、「彼らは二度と戻ってこない。これを言いたくないが、本当のところは最もIQの低い人が戻ってくるかもしれない」とも発言した。
その後の米国の人種に関する議論で、トランプ氏は自分ほど黒人のためにやってきた大統領はリンカーン以来いないと主張。同氏が人種差別主義者だとの批判を否定し、「この部屋にいる誰よりも人種差別主義者ではない」と述べた。
これにバイデン氏は嘲笑を浮かべながら「ここにいるエイブラハム・リンカーンは米国の歴史上最も人種差別的な大統領の1人だ」とトランプ氏を批判した。
再び新型コロナウイルス対応が討論の中心に
司会を務めるNBCテレビのクリステン・ウェルカー氏は、討論会を新型コロナウイルス対応のテーマから開始。次の段階に入った感染拡大に両者がどのように対応するか尋ねた。冬が近づくなか、米国では新型コロナウイルスの感染件数が急増している。
トランプ氏は自身の対応について擁護したほか、当初のモデルでは200万人超が死亡するとみられていたとの誤った主張を行った。トランプ氏は、米国の状況が良くなりつつあるとの見方を示した。
トランプ氏は新型コロナウイルス陽性となった体験について言及したほか新規感染数が増加している状況について重要視しない姿勢を示した。
米疾病対策センター(CDC)は、11月14日までに新型コロナウイルスによる死者は23万5000人から24万7000人に達する可能性があると予測している。
バイデン氏は、トランプ政権の対応を厳しく批判し、米国では1日あたり1000人が新型コロナウイルスで死亡していると指摘。3月に新型コロナウイルスの検査数の伸びが低いことについて「責任がない」と述べたトランプ氏の発言にも言及した。
バイデン氏は「多くの死者を出したことについて責任のある人物が米国の大統領にとどまるべきではない」「これに対応し、終わらせる。我々には計画がある」と語気を強めた。
一方トランプ氏は、「我々は国を再開させようとしている」「(米国は)コロナともに生きる方法を学びつつある。他に選択肢はない。ジョー(バイデン氏)のように地下室にこもってはいられない」と主張。バイデン氏は国全体を封鎖し、経済を痛ませるだろうと批判した。
これにバイデン氏は「ウイルスを封じ込めるのであって、国ではない」と反論した。
トランプ氏はさらに、あまりにコロナ対応関連の制限が多すぎて切迫した状況を招いていると強調。「この国は封鎖できない。巨大な経済を持つ巨大な国だ。人々は職を失っている。自殺する人が出る。うつやアルコール、ドラッグがかつてない水準になり、虐待も起きている。我々は国を開く必要がある」「バイデン氏は封鎖を望んでいる。巨大な政府機関の中で誰か1人でも国を封鎖すべきだといえば、彼はそうしてしまう」と述べた。
バイデン氏はこれに「全く違う」と回答。「我々は歩くこととガムをかむことを同時にできるはずだ。安全に再開できるはずだ。そのためには(国中の企業が)再開のためのリソースを必要としている」との認識を示した。
バイデン氏が息子の海外ビジネスを擁護
バイデン氏は次男のハンター・バイデン氏の海外ビジネスで悪いことは何もしていないと発言。トランプ氏の弾劾(だんがい)裁判で「誰も(ハンター・バイデン氏が)ウクライナで悪いことをしたとは証言しなかった」と指摘した。
この発言はこれまでで最も率直にバイデン氏が次男の海外ビジネスに触れたものとなった。トランプ氏やその陣営は、バイデン氏が怪しい外国の金銭とつながりがあるように位置付けようとしている。
バイデン氏は「ウクライナでトラブルになったのはこの男だ」とトランプ氏を指さし、「私について何か否定的なものを言わせようとウクライナを操ろうとしたが、彼らはしなかった」「私は外国政府から1ペニーももらったことはない」と続けた。
トランプ氏のウクライナに対する行動は下院による同氏の弾劾訴追へとつながった。
このやり取りは国家安全保障に関する議論から派生したものだった。このテーマでは、トランプ氏が北朝鮮との核戦争を防いだのは自分だと主張。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長とは「恋愛」とまで言った関係にあるが、北朝鮮の核武装を止めることはできていない。
トランプ政権の開始当初は緊張が高まった北朝鮮だが、現在はそれが落ち着き、より性能を向上させたミサイルとより多くの核兵器を備える状況となっている。
トランプ氏は「彼らが混乱した状態のまま我々に引き渡した」とバイデン氏とオバマ前大統領に言及。これに対しバイデン氏は、中国に仲間の共産主義国家である北朝鮮を抑えさせるとの方針を示した。またトランプ氏と異なり、オバマ氏は非核化のステップを条件に挙げ、金委員長との会談を拒否していたとも指摘した。
今回の討論で明らかになったのは、この数十年間、米国が抱える最も扱いにくい外交問題の一つである北朝鮮対応で解を導けた大統領は誰一人いなかったということだ。
トランプ氏はすう勢を変える瞬間を求めている
投票日まであと12日。トランプ氏は国中をまわり、不満を並べる選挙集会を展開している。自分の顧問や医療専門家を批判し、コロナウイルスの感染拡大は中国の責任だと述べ、政権のコロナ対応のまずさへの責任は取ろうとしない姿勢が世論調査の数値に響いてきた。
共和党の議員からはトランプ氏との距離を取る姿勢を示す者が出てきている。議員らはベン・サス上院議員(ネブラスカ州選出)が言う「青い津波」、つまり民主党が下院の過半数を維持するのみならず上院の過半数もとることを恐れている。
バイデン氏は現時点の世論調査で、前回選挙の民主党候補ヒラリー・クリントン氏よりも大きなリードを保っている。CNNがまとめた各社世論調査の平均で見ると、バイデン氏はトランプ氏を全国で10ポイントリード、激戦州で前回トランプ氏が僅差で勝利したペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンでも十分な強さを見せている。
トランプ氏の顧問はこの流れを変えようと、第1回討論会より攻撃的な姿勢を弱めるようにトランプ氏に懇願していた。
トランプ氏は女性票の獲得で厳しい状況で、また重要な支持基盤である非大卒の白人有権者への支持固めもしなければならない。CNNのアナリストによると、後者は前回選挙ではクリントン氏より30ポイントも多くの票を獲得したが、今回は19ポイントの優勢にとどまる。ペンシルベニア州スクラントンで生まれたバイデン氏は中西部で前回選挙よりいい戦いを繰り広げており、クリントン氏以上の脅威となっている。
トランプ氏はまた高齢者からの支持でも遅れをとる。コロナ感染後も自身の姿勢を変えない中、今回の討論会はそうした重要な支持基盤に訴えなければいけない機会だった。トランプ氏は依然ウイルスのリスクを小さく見せようとし、コロナ感染拡大が新たな段階に入る中、マスク着用や社会的距離をほぼ守らない巨大な集会の開催を続けている。