山口県阿武町で先月、町が誤って町民の男に振り込んだ新型コロナウイルス対策の給付金4630万円が、無断で出金されて回収不能になった。事件の経緯をたどると、誤入金と知りながら短期間に出金を重ねた男の悪質性が際立つ一方、行政の甘い対応も浮き彫りになっている。
返還を拒否
(写真:読売新聞)
「やはり今日は手続きをしない。あとで文書を郵送してくれ」
4月8日午後2時過ぎ。同県宇部市の銀行支店で、田口翔容疑者(24)(電子計算機使用詐欺容疑で逮捕)は突然、町職員にそう告げたという。職員の説得に応じず、まもなく銀行の窓口が閉まってしまった。
職員らはこの日、銀行からの連絡で誤入金に気づき、慌てて田口容疑者宅を訪れた。事情を説明して公用車に乗せ、田口容疑者の口座がある宇部市の銀行支店まで1時間以上かけて移動し、返還の手続きを行う予定だった。
この日以降、田口容疑者は34回にわたって出金を繰り返し、わずか10日余りの間に全額を引き出した。この間の同15日には「近日中に返還する」と弁護士を通じて町に連絡したが、約束を守らなかった。
田口容疑者は移住・定住を促進する「空き家バンク」を利用し、2年前に山口市から人口約3000人の阿武町に移住していた。近隣住民は「自治会にも入っており、好青年という印象だったのに」と驚く。
ネットカジノ
田口容疑者が金を使ったとみられているのが、インターネットを通じてバカラやポーカーなどの賭博を行う「ネットカジノ」だ。
日本では競馬などの公営ギャンブル以外の賭博は禁止されており、ネットカジノは犯罪行為だ。だが、国際カジノ研究所の木曽崇所長によると、近年、日本人をターゲットにしたサイト開設が目立ち、コロナ禍の自粛生活で利用者が増えているとみられる。
田口容疑者による34回の出金のうち、27回はいずれも約130万円の出金で、口座には1円単位の端数まで記録されていた。当時の為替レートから、1万ドル分ずつ引き出し、海外のサイトで賭博を行った可能性が浮上している。
出金は、代金が口座から即時に引き落とされるデビット決済のほか、決済代行会社3社を通じて行われたとみられている。チェックの厳しい銀行などはカジノへの直接の出金を認めないため、こうした代行業者が利用されるという。