親からの暴力に怯え、深夜の警察署に駆け込んだ18歳の少女。しかし、「警察はホテルじゃない」と突き放され、彼女は行き場を失った。少女を迎えに来たのは、450キロ離れた場所にいた一人のNPOスタッフだった。暴力やDVを受けた人、生きづらさを抱える人を受け入れる民間の駆け込み場「やどかりハウス」の現場に、フリーライター・ざこうじるいさんが迫る。
2019年の夏、深夜。近畿地方に住む18歳の加奈さん(仮名)は、親の暴力から逃れるため、助けを求めて警察に駆け込んだ。ところが、警察からは家に帰るように言われ、困り果ててしまう。加奈さんからLINE電話で相談を受けた長野県上田市のNPO法人「場作りネット」の元島生さん(41)は、状況を聞き警察に電話を代わるように伝えた。
「この子の傷、見ましたか?その状態で家に帰すのは危険すぎます。せめて一晩だけでも警察に泊めてあげてもらえませんか」元島さんは必死に訴えたが、警察の答えは冷たい。「警察はホテルじゃないから。この子は18歳だし、家に帰ってもらうしかないでしょう」。制度上、18歳からは児童相談所の保護対象から外れる。さらに、都道府県の女性相談センターは、あくまでも配偶者やパートナーからの暴力を受けた女性が対象だ。親から暴力を受けていた18歳の加奈さんには、公的な支援制度や法律が当てはまらなかった。元島さんは警察の対応に落胆しながら「だったら今から僕がそこにいくので、せめてそれまで彼女を保護していてください」と伝え、ハンドルを握る。450キロの道のりを夜通し運転し、加奈さんが保護されている警察署に到着したのは、朝日が差し込む時間だった。制度の隙間に落ちた加奈さんは、いったいどこに行けばよかったのだろうか――。
長野県上田市でNPO法人「場作りネット」が運営する「やどかりハウス」は、公的な支援とは異なる立場で暴力や支配に苦しむ人と向き合う民間の駆け込み場だ。海野町商店街にある劇場兼ゲストハウス「犀の角」を拠点として、DVや虐待、貧困など、さまざまな理由で困難を抱えた人たちに、1泊1000円で宿泊を提供している。駆け込んできた人は「犀の角」のゲストハウスに宿泊するため、旅人として訪れる一般のゲストと区別がつかない。相談支援を希望する人には、場作りネットの相談員が「犀の角」のカフェスペースで話を聞く体制をとっている。
民間支援の最前線に立つ「場作りネット」代表の元島生さん(左)とスタッフの秋山紅葉さん
2020年12月の開始からこれまでの4年間で、のべ971人、4429泊を受け入れてきた(2025年3月時点)。うち380人は、今も継続的な支援を受けている。その大多数が、行政の公的支援条件にうまく当てはまらなかった人々だ。一方、長野県の公的支援施設での一時保護件数は、この5年間、毎年およそ15件前後にとどまっている。4年換算で約60件だ(長野県・こども家庭課の報告による)。
このように、「やどかりハウス」のような民間の支援施設は、既存の法律や制度では救いきれない人々のための重要な「居場所」となっている。公的支援の網から漏れてしまう人々、特に18歳を超えた若年者や親からの暴力被害者にとって、こうした民間の取り組みが最後の命綱となるケースが少なくない。彼らの活動は、社会のセーフティネットにおける見過ごされがちな穴を埋める、不可欠な存在と言えるだろう。