「脱・脱原発」にかじ切った韓国 「ほぼ日本」の原発を見てきた


「脱・脱原発」にかじ切った韓国 「ほぼ日本」の原発を見てきた

車窓から見えた古里原発の施設=韓国南東部・蔚山市内で2022年8月10日、坂口裕彦撮影

 8月10日、韓国の中小ベンチャー企業省が実施した「プレスツアー」に参加して、南東部・釜山市と隣接する蔚山(ウルサン)市にまたがる古里(コリ)原発と新古里(シンコリ)原発を訪れた。ソウルから原発への最寄り駅となる蔚山駅までは、高速鉄道KTXに乗って約2時間。そこまでの交通費を自己負担すれば、同省の曺株鉉(チョ・ジュヒョン)次官の視察に同行しながら、原発施設を回ることができるという内容だ。

 両原発には運転を終了したものも含めると原子炉が計8基あり、新古里原発ではさらに2基の建設が進んでいる。自然災害への備えはもちろん、テロ対策も厳重にしなければならない保安施設だから、写真撮影は厳禁。それでも、外国人記者を敷地内に招き入れたということは、「韓国政府として積極的に見せたいものがある」ということだろう。

 「見せたいもの」とは、文在寅(ムン・ジェイン)前政権が進めた脱原発政策から、原発推進へと大きくかじを切った尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の方針に他ならない。5月に就任した尹氏は、大統領選期間中から「脱原発政策を白紙化して、最強の原発国を建設する」と主張していた。尹氏は6月、原子炉メーカーを訪れた際に「(文前政権だった)5年間、ばかげたことをしないで、原発産業をもっと力強く育てていれば、今ごろはおそらく競合相手はいなかったはずだ」とまで言い切り、文前政権を厳しく批判した。

 7月には新たなエネルギー政策を決定。電源構成における原子力の割合を2021年の27.4%から30年には30%以上に引き上げることや、文前政権下で白紙撤回されていた南東部・慶尚北道(キョンサンプクド)にある新ハンウル原発3、4号機の建設計画を再開する方針を決めた。さらには、原発10基を30年までに海外に輸出することも盛り込んだ。経済を再生させる成長戦略の目玉になり得ると位置づけたのだ。

 韓国の大統領は、国家元首と行政府のトップを兼ねる強い権限を持つ。原発をめぐる最近の慌ただしい動きは、「帝王的」と言われる大統領の号令一つで、国のめざすべき方向ががらりと変わる典型例と言えるだろう。

 実際、現地で原発分野に携わる中小企業関係者と面会した曺次官の発言は、尹政権の方針をあけすけに伝えるものだった。「今は、希望に満ちたニュースでいっぱいだ。部品供給を担当できる中小企業が消えれば、安全性と競争力は担保しにくくなる。(文前政権下で)売り上げと人材が急減して危機に直面した中小企業の市場競争力を強化することが重要だ」。その後、曺次官は記者団に対しても「ロシアのウクライナ侵攻以降、原油価格が高騰していて、火力発電に対する不完全性が生じている。今は原発に対する価値を再評価する過程にある」と強調していた。

 さておき、こちらがツアーに参加したのは、両原発の場所を地図で確認して、ハッと思い出したからだった。韓国屈指の港湾都市である釜山は「日本から一番近い外国の街」とよく言われる。3年前に釜山港から長崎県・対馬へ高速船で渡ったことがあるが、約1時間10分しかかからなかった。釜山の観光名所である魚市場「チャガルチ市場」も訪れたが、カニやヒラメ、ブリといった魚介類は、日本の魚屋でもおなじみのものばかりだった。

 釜山と福岡市でも、その距離は約200キロ。日本海に臨む古里、新古里原発で、東京電力福島第1原発事故のような惨事が起きれば、西日本を中心に大きな影響は免れない――。そんな思いに包まれていると、「福島事故の後、さらに安全になった私たちの原発」と題された1冊の冊子を手渡された。

 早速、目を通してみる。古里原発の防潮堤は高さ7.5メートルから10メートルへと増築しており、新古里原発の敷地は海面からの高さが9.5メートルあるので大丈夫だ▽予備の電源が浸水したり、長期の停電が発生しても、各原発に1台ずつある移動型の発電車両を通じて電源を確保できる▽一定の規模以上の地震を感知すれば原子炉は自動停止する――などと書かれていた。

 ◇本当に対応は万全なのか?

 両原発を運営する韓国電力公社の子会社「韓国水力原子力」の李光勲(イ・グァンフン)・古里原子力本部長に福島事故後の対応を再確認したが、「設計時の基準よりもはるかに強い地震が起きた場合も想定して追加措置を実施した。新規原発と比べても、ほぼ同じ水準での安全性を持っている」との答えだった。

 原発訪問から1週間を経た17日、尹氏は韓国大統領府で就任100日に合わせて記者会見を開いた。原発については、冒頭発言で自ら切り出して、「一方的かつ理念に基づいた脱原発政策を捨てることで、世界最高水準の原発産業を復活させた」と強調。そのうえで「原発産業を国家の中核産業として育てていく。北大西洋条約機構(NATO)首脳会議にも出席して、積極的なセールス外交を展開してきた。その結果、海外では最近、韓国の原発を発注する動きが本格化している」とアピールした。

 現場で尹氏を見ていて、「経済最優先で突進している」と改めて実感した。一方で、原発の安全性への言及がなかったのはやはり気になった。原発の海外輸出は韓国の未来を切り開くのか。「脱・脱原発」に死角はないのか。隣人である日本の記者として、目をこらさないといけないテーマだと感じている。【ソウル支局長・坂口裕彦】



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