プーチン氏の勝利の夢、ウクライナで遠ざかる


プーチン氏の勝利の夢、ウクライナで遠ざかる

プーチン氏の勝利の夢、ウクライナで遠ざかる

「真実は我々の側にあり、真実は力だ!」。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は9月30日、首都モスクワの赤の広場で、マイクに向かってそう叫んだ。

ウクライナ東部と南部の4州がロシアの一部だと宣言した、盛大な式典の後のことだ。

「勝利するのは我々だ!」

しかし現実世界では、状況はまったく異なるようだ。

プーチン大統領がクレムリン(ロシア大統領府)で違法な「併合条約」に署名した時でさえ、ウクライナ軍はプーチン氏が奪取したばかりの地域で前進し続けていた。

ロシアでは軍務経験のある予備役の部分的動員令を受け、何十万人もの男性が拡大する戦争に動員されることよりも国外へ逃れることを選ぶ事態となっている。

戦場での実態はあまりにひどく、そのためプーチン氏とその支持者たちは、かつてはウクライナの「非ナチス化」とロシア語話者の保護のためだとしていた侵攻理由を、「集団的」西側諸国全体との存亡に関わる戦いだと修正している。

これが真実だ。そのどこにも、ロシアに有利な内容はない。

■「プーチン・システム」の犠牲者

「(プーチン氏)は死角にいる。彼には何が起きているのかよく見えていないようだ」と、ニュースサイト「リドル・ロシア(ロシアという謎)」のアントン・バーバシン編集長はこう主張する。

バーバシン氏は多くの政治アナリストと同様、ウクライナについてプーチン氏は完全に不意を突かれたとみている。西側諸国がこれほど強力にウクライナを支援するとは思わず、ウクライナ自体がロシアの占領にこれほど激しく抵抗するとは、まったく予想していなかったのだろうと。

20年以上にわたりロシア政治の頂点に君臨し、10月7日に70歳を迎えたロシアの指導者は、自らが生み出したシステムの犠牲者になってしまったようだ。本人の独裁スタイルのせいで、プーチン氏は確かな情報が得られなくなっている。

「彼の意見に異論を唱えるなどできない」と、ロシアのコンサルティング会社R・ポリティク創設者で、ロシア人アナリストのタチアナ・スタノヴァヤ氏は説明する。

「プーチン氏と一緒に働く人は誰もが、彼の世界観やウクライナ観を承知している。彼が何を期待しているのかもわかっている。彼のビジョンに反する情報は伝えられない。そういう仕組みだ」

金色に縁どられたクレムリンのシャンデリアの下、プーチン大統領は最新の演説で、新しい世界秩序について自らのビジョンをあらためて示した。

プーチン氏は、「現在進行中の西側覇権の崩壊は不可逆的だ。元通りには決してならない。運命と歴史が我々を呼び寄せた戦場は、我が国民のための戦場である」と述べた。

そのビジョンには、強大なロシアと、おびえて従順になった西側諸国、そしてロシア政府に再び服従させられたウクライナ政府が登場する。

これを実現するため、プーチン氏が選んだ戦場がウクライナだ。

プーチン氏の野望がこの上なく幻のように思えても、野望を縮小する気など、本人にはなさそうだ。

「ロシア政府が前提としていた重要な計算の多くは、結果に結びつかなかった。そしてプーチン氏には代替のプランBがなく、前線に人を送り込み続け、ウクライナ軍がこれ以上前進するのをひたすら人海戦術で阻止できるはずだと、そう期待するしかないようだ」と、バーバシン氏はみている。

■消極的な新兵

「人を前線に送り込む」こと自体、重要な作戦の転換だ。

プーチン氏は今なおウクライナ侵攻を「特別軍事作戦」と呼び、その範囲は限定的かつ短期的なものだとしている。

多くのロシア人がかつては、これを受け入れ、支持さえしていた。自分に直接、影響しない限りは。ところが予備役の部分的動員令が発令され、それまで遠い抽象的な何かだったものが、きわめて身近で個人的リスクが伴うものに変わってしまった。

地方の政治家たちは、まるでソ連時代のように、どれだけ割り当てを超えられるか競い合っている。できる限り多くの男性を集めようと、必死だ。

「今が正念場だ。ほとんどのロシア人にとって、戦争は2週間前に始まったばかりだ」と、バーバシン氏は言う。

「最初の数カ月は、死んでいく人のほとんどは(ロシアの)周辺部や小さな町の人たちだった。しかし、動員によってやがてそれは変わる。モスクワやサンクトペテルブルクに、棺(ひつぎ)が次々と戻ってくるようになる」

■「とにかくひどい」状況

今回の招集を受け、新兵の妻や母親たち(つまり動員発表時に国境に急いで向かわなかった人たち)が、ソーシャルメディアでどんどん発言している。

そうした投稿や、新兵たち自身が撮影した動画からは、厳しい状況が見て取れる。粗末な食事、古い武器、基本的な医療品の不足だ。女性らは、兵士たちのブーツの詰め物として生理用ナプキンを、あるいは傷口をふさぐためにタンポンを送るのはどうだろうかと、話し合っている。

クルスク州のロマン・スタロヴォイト知事は、いくつかの部隊の状況を「とにかくひどい」と話した。「現在の国防省訓練部隊がどうすればこんな状態になれるのか、困惑している。食堂は荒れ果て、シャワーは壊れてさび付き、ベッドは不足し、あっても壊れている」のだという。

こうした暴露によって、プーチン氏が特に自慢していた内容が、穴だらけにされている。

プーチン氏はこれまでロシア軍について、国を愛する国民なら誰もが入りたくなるプロの戦闘集団だと、自分がそう作り変えたのだと、主張してきた。

それでも今のところ、新兵の妻たちの大半は一生懸命、軍を応援しているようだ。

バーバシン氏は、「今はまだロシア社会のかなりの部分が、『ロシアはウクライナでNATO(北大西洋条約機構)と戦っている大国だ』と信じ、タンポンや靴下、歯ブラシを動員兵に送ることが、愛国心の表れだと考えている」と今週ツイートした。

■検閲の崩壊

動員をめぐる混乱と、ロシアの軍事的な失態を受け、より多くの著名人が発言し始めている。

リベラル派がウクライナ侵攻を非難した時、その人たちは逮捕された。多くは今も拘束されている。

「戦争」という言葉を使うことさえ違法だ。

しかし、クレムリン支持者の間で、この言葉は今や当たり前になっている。ロシア軍司令部に対する激しい批判も同様だ。

アンドレイ・カルタポロフ議員は今週、国防省に対し、ロシアの困難な状況について「嘘をつくのをやめる」よう求めた。「国民は決して、ばかではない」というのがその理由だ。

国営テレビRTのマルガリータ・シモニャン編集長は、スターリンが「臆病者」や「無能な」将軍を処刑したことを引き合いに出した。

しかし、プーチン氏についてはもちろん、侵攻そのものについて、公然と疑問視する声は出ていない。

シモニャン氏はプーチン氏を「ザ・ボス」と呼んでいる。ウクライナ領土の併合は歴史的な偉業だったと語りながら、うつろな目をする。

前出のスタノヴァヤ氏によると、「反戦の政治運動は存在しない」。政治的に抑圧された環境では特にそうだという。

「動員に反対する人たちでさえ、逃げ出そうとしている。国外に出ようとしたり、身を隠したり。でも、政治的に抵抗しようという動きは見られない」

ただ、ロシアが負け続け、さらに多くの兵を必要とするようになれば、この状況は変わるかもしれないという。

「プーチンは多少は勝ってみせないと」

■欧米との「聖」戦

今週はプーチン氏でさえ、併合した地域の状況を「落ち着かない」と表現し、問題があるとほのめかした。

しかし、ロシアの後退を、ウクライナを支援する「集団的」な西側諸国のせいにしようとする動きが大きくなっている。

国営メディアの司会者らは、ウクライナの土地収奪をはるかに壮大なものとして表現している。より大きな戦いに向け、国の士気を高めようとしているようだ。

「完全に悪魔主義との戦争だ」と、ウラジーミル・ソロヴョフ氏は今週、視聴者に向かって話した。

「これはウクライナをめぐる戦いではない。西側の狙いは明らかだ。政権交代とロシアの解体だ。ロシアがもはや存在しなくなることが、向こうの狙いだ」

これこそが、プーチン氏の信じる「真実」だ。そしてだからこそ、ロシアが客観的に弱っているこの瞬間こそ、リスクが高まっている。

「この戦争にはロシアの存亡がかかっている。だからこそプーチンにとっては、勝てる戦争でなくてはならない」とスタノヴァヤ氏は主張する。

しかも、「彼は核兵器を持っている」のだと。

「核の危険がエスカレートすれば、どこかの段階で西側はウクライナから手を引くと、期待しているのだと思う」

プーチン氏の口調が前にも増して過激になり、まるでメシア(救世主)のようになっていると指摘するのは、彼女だけではない。

「実際にそう信じているのではないか。これはロシア帝国の最後の抵抗で、西側との全面戦争だと」。バーバシン氏はそう話す。

「ロシアが勝つかどうかはともかくとして、状況は最終段階にあるのだと」

もちろんそれは、プーチン氏がこれまで以上に、西側に信じてもらう必要がある「真実」でもある。

(英語記事 Putin’s dream of victory slips away in Ukraine)

(c) BBC News



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