【解説】 中国の病院を襲う新型ウイルスの波 感染してもはたらく医療従事者も
スティーヴン・マクドネル北京特派員
中国政府が新型コロナウイルス対策を180度転換したことで、中国の病院はすでに大きな圧力にさらされている。医師や看護師が患者にCOVID-19を感染させてしまう可能性もあるという。
人員不足のため、医療の最前線にいるスタッフはたとえ自分が感染者でも、仕事に来るよう言われているようだ。
米イエール大学の保健政策専門家、陳希教授は、アメリカから母国の危機をモニタリングしている。
陳教授はBBCの取材に対し、中国国内の医師や医療関係者から、医療システムが現在いかに大変な状況かを聞いていると明らかにした。
「感染者が病院で働かなければならないので、そこが感染する環境になってしまう」のだと、陳教授は指摘した。
中国の病院は、COVID-19患者の急増に対応するために、発熱病棟の拡大を急いでいる。しかし、感染しても自宅にとどまってよいという情報が十分に広まっていないため、病棟はすぐに満床になってしまうという。
陳教授は、情報拡散にもっと注力するべきだと語った。
「軽い症状なら家にいて良いという認識がない。具合が悪くなったら全員が病院に行ってしまうため、医療システムを簡単に崩壊させてしまうかもしれない」
また、医薬品の需要も高まったため、風邪薬やインフルエンザ治療薬が全国的に不足している。自宅用の新型ウイルス検査薬も、なかなか手に入らない。
北京では、飲食店などは営業が再開されたものの、利用客は少なく、街も閑散としている。
企業は従業員にオフィスに戻るよう呼びかけているが、多くの人が拒否している状態だ。
ほんの数週間前まで、政府は「ゼロコロナ」政策を止めないと言い張り、感染者を隔離施設へ送り込み、ロックダウンは必要だとしていた。それを思えば、今の状況は当然のことだろう。
中国人にとって、新型ウイルスは恐ろしいものだった。一方で、中国共産党が規制緩和と引き換えに自分たちを犠牲にすることはないだろうという理由から、中国に暮らしているのは幸運だと思っていた。
しかし、アウトブレイクのたびに感染者数をゼロに戻すという目標は破棄され、新型ウイルスは山火事のように広がっている。政府は今や、COVID-19はかかっても大したことがないと説明している。
中国の新型ウイルス対策の緩和は、もっとゆっくり、段階的に行われるとみられていた。
そこに、中国各地の都市で抗議デモが起こり、人々は元の暮らしに戻りたいと訴えた。自由に動き回りたいと。警察との衝突があり、習近平国家主席の辞任や共産党の政権移譲を求める声も上がった。
これが、「ゼロコロナ」政策にとどめをさした。
陳教授は、中国は制限を緩和せざるを得なかったが、理想的なタイミングではなかったと分析する。
たとえば、シンガポールやニュージーランドは感染が抑えられている時期に新型ウイルス対策を変更した。しかし中国は、北京などが感染拡大に見舞われている最中に動いてしまった。
中国政府は「抗議者の声を聴いた」ものの、タイミングについては理想的な選択ではなかったと、陳教授は述べた。
つまり、デモ参加者は勝ったかもしれないが、政府があまりにいきなり折れたため、高齢者は家から出るのが怖くなってしまったのだ。
BBCが取材したある女性は、孫と散歩をしながら、混雑した場所にはいかないと話した。マスクも着用し、定期的に手を洗うことも続けると。
だが、感染の可能性が高い場所に行きたくないという気持ちは、社会のあらゆる層に浸透している。
北京への影響は相当なものだ。
飲食店が空いているもう一つの理由は、店内で食事をするには、48時間以内のPCR検査結果が陰性だったという提示を、市当局が依然として要求しているからだ。
しかしほとんどの検査結果が、携帯電話の健康アプリに届かないという。これは、新型ウイルスが急激に蔓延(まんえん)したため、検査機関がひっ迫しているためのようだ。
新型ウイルスに感染して自宅にとどまっている34歳の女性は、感染後の手続きが驚くほどスムーズだったとBBCに語った。
この女性は、症状は予想より軽く、必要なものは全てそろっていたという。また、混雑した隔離施設ではなく、夫のいる自宅で療養できるのはよかったと話した。
一方で、女性は懸念も口にした。この期間、幼い子供のいる姉妹や、地元で1人暮らしの親、そして祖母が、みな感染したという。
ソーシャルメディアでは医師たちが、COVD-19にかかった後も自宅にいて構わないと、人々に訴えている。
当局も、感染拡大に対処するため、隔離施設を一時的な病院施設に転換し始めた。
北京では今週、たった1日で2万2000人が発熱病棟に入院しようとした。
疑問は絶えない。
政府はなぜもっと早く、病院の集中治療室(ICU)の定員を増やして準備しなかったのか?
世界の他の国々がすでにやっている転換に、どうしてこんなに時間がかかたのか?
習政権はなぜ、ゼロコロナ政策が広くは経済に、さらに細かく言えば人々の暮らしに、これほど大きなダメージを与えるのを許したのか?
ワクチン接種を推進する動きがあらためて始まったが、これも、中国がこうした状況になる前に行われるべきだった。
政府は、ウイルスは変異しており、新しい株は危険性が低いため、方針を転換する適切な時期だったと説明している。
いずれにせよ、前よりは楽観的な空気がただよっている。
とある在外中国人グループは、中国国内の感染者に外国から体験談を話せるよう、メッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」に特別なチャットルームを開設した。
その目標は、落ち着いてほしいというシンプルなものだ。
中国が今後2~3カ月、大変なことになるのは間違いない。何百万もの人々が病気になり、多くの死者が出るだろう。
しかし、これまでのやり方は明らかに持続不可能だった。ついに多くの人にとって、出口が見えるようになった。
(英語記事 Covid wave batters China’s overstretched hospitals)
(c) BBC News