「山が動いた」。日本中に消費税反対ムードが渦巻いた平成元年7月の参院選で、消費税反対を掲げて大勝した社会党(当時)の土井たか子委員長は、こう勝利宣言をした。
あれから30年あまり。令和初の国政選挙となる参院選を前に、消費税10%の増税は既定路線となりつつある。野党は反対・凍結も打ち出すが、将来の社会保障の財源としても受け入れざるを得ないと感じている有権者は少なくない。人々の意識はどう変わったのか。
「株、為替、不動産、債券、金や大豆などの商品。お金はこの5つで増やしましょう…」
東京・丸の内。投資スクールの無料説明会で、横浜市旭区の自営業者、堂本誠さん(59)は最前列に座り、講師の説明を聞きながら、必死にメモをとっていた。
これまで投資や資産運用とは縁のない生活を送っていたが、最近、同じ市内のマンションで暮らしていた母親が死去し、そのマンションを投資物件にすることを考え始めた。
父親は介護施設に入っており、このままマンションを空き家にしておいては無駄になるだけ。売却してもいいが、一時的な現金収入にしてしまっていいものか。将来のための投資に回した方がいいのではないか。そう考えたとき、マンションだけにとどまらず、資産運用全般に興味がわいてきた。
「これから自分に必要なのは健康とお金。もし何かあったときのために資産運用を勉強しようと思った」
40代で脱サラし、アウトドア用品などを輸入する事業を立ち上げたが、来年還暦を迎える年になった。昔なら引退の年齢だが、「人生100年時代」といわれる高齢化の時代、人生はまだまだ続く。説明会終了後、堂本さんは不動産投資とFX(外国為替証拠金取引)を学ぶコースに仮申し込みを決めた。
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「あれが出て以降、参加者の真剣さが違う」。説明会を企画した投資スクール「ファイナンシャルアカデミー」(東京)の講師、島本昭彦さん(48)は、こう話す。
「あれ」とは、金融庁の金融審議会の市場ワーキング・グループが公表した報告書のことだ。「老後に2千万円の蓄えが必要」との言及は世間にインパクトを与え、野党は年金問題と絡め政府批判や参院選の争点に持ち出した。ただ、その目的は、老後のための資産形成・管理の必要性を指摘するものだった。
1年ほど前に夫を亡くした横浜市緑区の女性(76)も、報告書のニュースをきっかけに初めて説明会に参加した。「老後に金銭的な不安を持つ人は周囲にも多い」
厚生労働省によると、年金や医療、福祉などの社会保障給付費は、平成元年度の約45兆円から30年度には約120兆円と3倍近くに増加した。団塊の世代が75歳以上になる令和7(2025)年度には140兆円に達すると予想されている。
年金の給付開始年齢は60歳から段階的に65歳になり、70歳も議論される。「自分たちのときには、年金制度が崩壊しているのではないか」。そう考えている中年や若い世代も少なくない。島本さんは「年金は本当にもらえるのか、足りない分をどう補えばいいのか。『老後資金2千万円』は、潜在的な不安を抱える人々に一石を投じた」と話す。
年金に代表される「公助」に見切りをつけ、長い老後に自ら備える「自助」の意識が急速に浸透し始めているようだ。
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平成元年4月に導入された消費税の税率は当初3%だったが、社会保障の増大と軌を一にするように、上がり続けた。
消費税は9年の橋本龍太郎内閣のときに5%、26年の第2次安倍晋三内閣で8%に引き上げられた。そして今年、政府の「骨太の方針」で、当初の予定通り10月に10%引き上げることが明示された。
これまで消費税は政権の命運を大きく左右してきた。税率を5%に上げた橋本内閣は参院選で敗れ崩壊した。今回の参院選で有権者は、増税をめぐる議論をどう受けとめるのか。
「生活を直撃する増税はしない」などという美辞麗句も聞こえてくる。一方、年金制度を含む社会保障を持続させるために財源をどう確保するのかという、真摯(しんし)な議論はわき上がってこない。
宮本太郎・中央大教授(福祉政治論)は、こう訴える。
「納税主体の現役世代を支える施策を強化して『税金が還元されている』という実感を持ってもらい、同時に、高齢世代が年金を受け取りながら多様な働き方ができる仕組みづくりを進めることが必要だ」
超高齢化社会の老後を生き抜くビジョンを示すこと。政治には今、それが求められている。(原川真太郎)
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令和初の国政選挙である今回の参院選。新時代を迎えた日本の「争点」を、平成の歩みを踏まえて考える。