ナチスがポーランドから略奪した絵画、東京で発見され返還
第2次世界大戦でナチス・ドイツがポーランドを占領した際、多くの貴重な美術品が盗まれた。
そのうちの一つが、16世紀のイタリア人画家アレッサンドロ・トゥルキの絵画「聖母子」だ。美術品の略奪を監督していたナチスの役人が、占領下のポーランドから持ち出した数百点のリストの中に、この絵画も含まれていた。
だが、この「聖母子」がついにポーランドへ帰還する。「聖母子」は日本で発見され、今年5月31日にポーランド当局に返還された。
ポーランドはこれまでに600点の略奪品を取り戻すことに成功している。しかしなお、戦争で失われた約6万6000点が未回収だ。
ポーランドは最近、第2次世界大戦でドイツとソ連に占領された後に行方が分からなくなった数十万点の美術品や文化品について、返還を求めるキャンペーンを開始した。またドイツに対し、ナチスの占領によって起きた損害に対し、1兆3000億ドル(約182兆円)の賠償金を請求している。
専門家らは、略奪美術品の相続人がその経緯を知らずに作品を売却しようとすることで、時間の経過と共に今後多くの美術品が発見されるだろうと予想している。
「聖母子」は、1940年にナチス占領下のポーランドからドイツに持ち込まれたとみられている。ナチスはしばしば、ユダヤ人一家が所有する美術品を略奪しては、家族を殺害していた。
この作品は、美術品略奪を監督していたカエタン・ミュールマンというナチスの役人が記録した521点に含まれていた。1990年代に米ニューヨークのオークションに出品されたことで、再発見された。
「聖母子は」昨年1月に再びオークションに出品される予定だったが、ポーランド当局がそれを発見したため、出品は停止された。この作品が略奪品だと証明された後、オークションハウスと所有者がポーランドへの返還に合意した。そして5月31日、東京で正式な返還式が行われた。
ポーランドの美術史学者ナタリア・ツェテラ氏は、「聖母子」のような傑作が返還されることで、ポーランドの美術遺産への誇りが取り戻されると語った。
ツェテラ氏によると、ポーランドからはレンブラントやラファエロの作品のほか、国際的に名高いポーランド人による傑作も盗まれているという。
「作品がポーランドのコレクションに戻るという状況があるたびに誇りを感じる。時に忘れられているポーランドのコレクションの重要性を示すことができるので」と、ツェテラ氏はBBCに語った。
「ポーランドの遺産や所蔵作品、そしてかつて私たちが美術分野でいかに優れていたかを忘れないようにすることに、私たちは強くこだわっている。それこそ、戦後に私たちが再建しようとしたもので、(今回のような略奪品返還は)美術でのポーランドの力が再び認知されるための長いプロセスの一環だ」
その上でツェテラ氏は、近年は文化遺産を「公共財とみなす」方向にシフトしていると思うとも述べた。
■所有者の世代交代が鍵に
「アート・リカバリー・インターナショナル」の創設者のクリストファー・マリネッロ氏は、30年以上にわたって行方不明となった傑作を発見してきた。マリネッロ氏は、略奪された美術品が、その歴史を知らない次世代に受け継がれているため、より多くの作品が出てくる可能性があると考えている。
「(略奪は)もう一世代前の話だ。今ではこうした略奪品が、所持者が亡くなった時に相続人に託されるが、子供たちは必ずしも歴史を知らない。そして、彼らが売却を決めることがある」
ポーランド当局は、盗まれた美術品を国際刑事警察機構(ICPO、インターポールに加え、各国政府や企業などのデータベースに登録している。
「ポーランドから略奪された美術品の研究をしている美術史家もたくさんいて、発見に貢献している」とマリネッロ氏は話した。
「さらに技術が向上し、オークションハウスが(出品内容を)全てインターネットで公開するようになるほど、略奪された品々を探す目が増える」
マリネッロ氏は、盗まれた名作に対する考え方にも「世代交代」が起きていると考えている。同氏は現在、シカゴ在住の男性から、祖父が第2次世界大戦中にドイツの美術館から盗んだと思われる作品について連絡を受け、対応に当たっている。
「この一家はまるまる一世代にわたってこの作品を持っていたが、今になって売れないと分かり、この問題でさらに紛糾(ふんきゅう)するよりは返還したいと思ったのだろう」
しかし、こうした案件にまつわる法律は国によって異なり、盗まれた作品でも現在の所有者の好意がなければ返還されないこともある。
「聖母子」が発見された日本は、「盗難された美術作品の回収には向かない場所」だと、マリネッロ氏は話した。
「正しいことをするかどうか、(中略)略奪品や盗品は返すべきだと所有者が理解するかどうかは、多くの場合、その人次第だ。日本の法律に基づく訴訟には頼れないので」
ツェテラ氏は、「聖母子」回収は誇らしい成果だとしながら、盗まれた美術品をポーランドに取り戻そうという情熱が、今後の世代まで続くかはわからないと話した。
「次世代の『Z世代』やそれ以下の世代にとって、この件が重要なのか、本当に気にしているのかが問題だ。私が見たところ、必ずしもそうではないかもしれない」
デジタル化された美術コレクションによって、人々が実物への関心を失うかもしれないと、ツェテラ氏は指摘した
「どこかの時点で、私たちは美術品を取り返す必要がなくなるかもしれない(中略)クラウドに保存され、誰が持っていても、いつでもどこからでもアクセスできるようになるかもしれない」
「デジタル化され、技術が進歩することで、いつかは実物を取り出す必要性がなくなるかもしれない」
(追加取材:ティファニー・ワートハイマー)
(英語記事 Poland’s quest to retrieve priceless Nazi-looted art)
(c) BBC News