
ウクライナの反転攻勢、ついに開始か 数カ月の準備経て
ポール・アダムス、BBCニュース(キーウ)
ロシアによる侵攻が続くウクライナは、数カ月前から反転攻勢を開始する準備を進めてきた。ウクライナはついに今週、長く予想されてきた反撃を開始したのだろうか。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、そう考えているようだ。「ウクライナの反撃が始まったと、我々は断言できる」と、プーチン氏は9日にメッセージアプリ「テレグラム」で公開したビデオインタビューの中で語った。
ウクライナは軍事用語で「形成作戦」と呼ばれる、前線のはるか後方にあるロシア軍の重要な物流拠点を長距離砲やミサイルで攻撃し、本格的な作戦の開始前に自軍に有利な状況をつくる作戦を実施している。そのため、すでに数週間前から、反転攻勢が始まっていたとも言える。
5日には、ウクライナ軍の軽装甲部隊の一部が、ウクライナ南部ザポリッジャ州の南東にあるロシア軍要塞(要塞)の方向へ、野原を前進している。この動きは、なんらかの変化を示しているようにみえる。
「現在、いわゆる『戦闘偵察段階』がすべての前線において行われている」と、ウクライナ安全保障協力センターの共同設立者兼会長セルヒィ・クザン氏は、BBCに語った。
「つまり、ロシア軍の防衛体制に探りを入れているということだ」
いくつかの動画や証言から、この作戦は開始直後からトラブル続きだった様子がうかがえる。
「小さな損失だけで成功する場所もあれば、ロシアに反撃されてあまりうまくいかない場所もある」と、クザン氏は述べた。
クザン氏は、ウクライナ軍が偵察作戦を展開しているのはどれもザポリッジャ州の南だと述べるにとどまり、具体的な町の名前は伏せた。
ウクライナ南部ヘルソン州のロシア支配地域では6日、ノヴァ・カホフカ市にあるカホフカ水力発電所のダムが決壊し、ドニプロ川の両岸596平方キロメートルが浸水。世界の注目が集まった。
ロシア政府は関与を否定しているが、タイミングが偶然重なった出来事ではなさそうだ。カホフカ・ダムとその陸橋は、ロシア軍の態勢をどう崩せるか方法を模索しているウクライナ軍にとって、攻撃ルートになり得るものだった。
ダムを支配していたロシア軍がこれを爆破し、ウクライナの軍事作戦のひとつを阻止した可能性は非常に高いように思える。
ウクライナ政府はすでに、ロシアとの前線各地の中で特にこの場所に関心を抱いていると、明らかにしていた。
4月下旬、ウクライナ兵はドニプロ川を渡り、ドニプロ川東岸のオレシキーに一時的に、橋頭堡(きょうとうほ、橋のたもとに設ける陣地)を築いた。ウクライナはまた、ヘルソンに近いドニプロ川の三角州周辺に浮かぶ複数の小さな島も、支配下に置いた。
この一帯でウクライナがどの程度の軍事作戦を計画していたのかは不明だし、今となっては机上のものになってしまった。ダムの破壊による壊滅的な洪水のため、渡河は当分は不可能だろう。
「この方向(からの攻撃)が選択肢としてあると、ロシア側は見ていたのだろう」と、クザン氏は述べた。
ウクライナ政府は突如、洪水対策に追われる羽目になった。その一方で戦闘は東部で続いる。続くだけでなく、むしろ激しさを増した様子だ。
イギリス国防省は8日朝の時点で、「前線の複数の場所で激しい戦闘が続いている」とし、大半の地域でウクライナが「主導権を握っている」とした。
同じ日の動画でロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は、ロシア軍がザポリッジャの南部地区で、夜間のウクライナ軍による攻撃を押し返したと述べた。ウクライナの攻撃は装甲車150台と兵1500人によるものだったと、ショイグ氏は話した。
ロシア国防省によると、ウクライナ軍の第49機械化旅団が「ロシアの前線を突破しようとした」のだという。
インターネットで拡散された動画には、目新しい光景だと説明がついていた。西側がウクライナに提供したレオパルト戦車が破壊される様子だという話だった。BBCはこの動画が本物か、まだ検証していない。
ウクライナ政府関係者は通常、進行中の作戦について多くを語らない。しかし、現状についてはいくつか興味深い断片を示している。
ハンナ・マリャル国防次官は、ザポリッジャから約65キロ南東のオリヒフ村周辺でロシア軍が「積極的に防衛している」と思わせぶりな発言をした。
テレグラムでマリャル氏はそのほか、さらに東のヴェリカ・ノヴォシルカ周辺でも戦闘が続いていると認めた。
オリヒフとヴェリカ・ノヴォシルカの2つの村はおそらく、ロシアが徹底防御する長い前線の西と東の端なのだろう。この前線をいずれウクライナは突破しようとするはずだと、多くのアナリストは予想している。
「南部に集中する敵軍への補給路となっている陸の回廊を断ち切ること。これが我々の主な目標の一つだというのは、秘密でも何でもない」と、前出のクザン氏は言う。
ドンバス地方の親ロシア派はテレグラムで、ウクライナの最近の動きについて大いに盛り上がっている。そのほとんどが、ウクライナを見下した内容だ。
「ロシアが待ち構えているところに、向かっている。なんてばかな連中だ!」と、「クラマトルスク大好き」グループの1人は書いた。
ほかのメンバーは、ウクライナ軍は確かに進軍しているものの、兵士と装甲車両の損失を思うと、無謀だったのではないかと疑問視している。
「この成功の代償はいかがなものかと思う」と、同じグループの別のメンバーは書いた。
「(オリヒフから44キロ南の)トクマクへたどりつけるだけの兵員がいるのか? ましてベルディヤンスクやメリトポリまで?」
しかし、激しい戦闘が続くのはこの周辺だけではない。
この戦争で特筆して長く激しい戦闘が続くバフムート市の北と南からの映像では、ウクライナ軍が前進しているように見える。
マリャル国防次官は「複数の位置で200~1100メートル」前進したと述べた。この動きはいずれバフムートを包囲し、市内を占領するロシア軍部隊を捕らえるための作戦かもしれない。
イギリス国防省が言うように、「きわめて複雑な作戦の様相」なのだ。
しかし、これはウクライナの反転攻勢がすでに劇的な新段階に入ったことを意味するのか?
ウクライナ国家安全保障・国防会議のオレクシー・ダニロフ書記は7日、新たな攻撃に関する報道を否定。「どれも正しくない」とロイター通信に話した。
「ウクライナが反転攻勢を開始すれば、誰もが知ることになる。誰もが目にする」とダニロフ氏は述べた。
しかし、何かが確実に変わった。
「前線がついに動き始めたのが、重要なポイントだ」。前出のクザン氏はこう述べ、ウクライナの司令官たちにはまだいくつかの選択肢が残されていると指摘した。
とはいえ、ウクライナ軍にはかなりの厳しい制約もかかっている。とりわけ、空からの援護ができる戦闘機がないことが、大きな問題だ。
「そのために我が軍はゆっくり前進して、防空システムを近づけている」のだと、クザン氏は言う。
もうひとつの制約は、時間だ。きたる反転攻勢は長く続いても5カ月間だ。その後は秋の雨によって地面は再び、大型の装甲車が移動できない状態になる。
作戦成功とは、どういう状態を意味するのか。
仮にウクライナがロシアの戦線を、アゾフ海まで突破できたとする。その場合、そこから西に位置するすべてのロシアの部隊は、クリミア半島を通過する補給線に依存しきっているだけに、今よりはるかに弱体化する。
そうなれば、あとはロシアとクリミアを結ぶケルチ大橋を破壊し(ケルチ大橋は昨年10月、大型のトラック爆弾で一部が破損し、一時的に通行不能になった)、続いて、クリミアへ補給物資を運ぶ船舶や飛行機を攻撃するだけだと、クザン氏は言う。
「それで終わる。しかし、近いうちにそうなるとは思わないほうがいい。これには何カ月もかかる」
(英語記事 Ukraine’s counter-offensive against Russia under way)
(c) BBC News