ソ連対日参戦で「多くの命救った」「岸田政権は歴史直視せず」 ロシア報道官が正当化

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記者会見するロシア外務省のザハロワ情報局長(写真はロシア外務省のウェブサイトから)

【画像】1945年9月2日に行われた無条件降伏文書調印式の様子

 ロシアが「第2次世界大戦終結の日」としてきた9月3日の名称を「軍国主義日本に対する勝利と第2次世界大戦終結の日」に変更し、それを日本政府が批判していることへの見解を問われる中での発言だ。これまでもロシアは対日参戦の正当性を主張してきたが、ロシアのウクライナ侵攻による日ロ関係の悪化を受けて、主張の先鋭化が進んでいる。

■「日本の非友好的な政策に対する対抗措置」の一環

 第2次世界大戦終結を記念する日は国によって様々だが、ソ連の場合は日本がポツダム宣言による降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日、9月3日に記念式典を開いたことにちなむ。この9月3日の名称を変更する法案は「日本の非友好的な政策に対する対抗措置」の一環で、23年6月20日にロシア下院、翌6月21日に上院でそれぞれ可決。プーチン大統領が6月24日に署名して成立した。

 松野博一官房長官は6月26日の記者会見で、この経緯を

「今回の法律の成立は、ロシア国民の反日感情を煽るのみならず日本国民の反ロ感情を煽ることにもつながりかねないものであり、大変遺憾」

だと批判。ロシア側には「国民の間に無用な感情的対立を殊更に作り出すことがないよう適切に対応することを求めた」と説明していた。

 松野氏の発言への見解を問われたザハロワ氏は、

「岸田政権が歴史を直視しようとせず、過去の出来事に対する歪んだ認識を押し付けようとしていることを改めて浮き彫りにしている」などと批判した上で、対日参戦をめぐる主張を展開した。

「日本は1945年のポツダム宣言への参加を拒否し、早期講和の機会を生かせなかった。その結果、ソ連は連合国の義務を忠実に守り、極東における大日本帝国軍との戦争に参戦せざるを得なくなった。これは流血を終わらせる決定的な貢献となり、日本列島に住む何百万人もの一般市民を含む多くの人々の命を救った。日本国民はこのことを知っているだろうか?知らないと私は確信している。例えば、(日本国民は、原爆投下)決定の理由は言うに及ばず、誰が日本に原爆を落としたのかも知らない。赤軍は日本の軍国主義者を打ち破り、その支配を終わらせた」

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