「そして人とのつながりは完全になくなった」京アニ放火殺人、青葉被告の軌跡(後編)

画像:喜連川社会復帰促進センター

京都アニメーション放火殺人事件の青葉被告の軌跡を辿ります。青葉真司被告は犯罪傾向があったことから、福祉的な支援を受けながら社会復帰していました。被告人質問や関係者の供述調書などの証拠から、受刑後に被告がどのように変化していったのか考えます。青葉被告は喜連川社会復帰促進センターに収容されましたが、その後の処遇や精神状態にも変化が見られました。

青葉被告の前歴

青葉被告は放火殺人事件を起こす前に、強盗事件を起こし服役していました。その後、福祉的な支援を受けて社会復帰を果たしました。公判では被告人質問や関係者の供述調書などが出され、被告の変化を窺う手がかりとなりました。

喜連川社会復帰促進センターでの収容

青葉被告は喜連川社会復帰促進センターに収容されました。この施設は半官半民の運営で、刑務作業以外の生活では比較的拘束が緩やかとされています。青葉被告は入所時の処遇調査票において、「ささいなことを気にして不満をため込みやすい」「こらえ性もなく、他責的で周囲のせいにしてしまう」との記述がありました。

精神状態の変化

青葉被告は受刑後、精神科医の診察を受けていました。彼は「20歳ぐらいから何もいいことがない」「投げやりな態度が見受けられた」と訴え、統合失調症の疑いもあるとされました。また、青葉被告は粗暴な言動があり、実に計13回もの懲罰を受けていました。彼の怒りは恐怖に変わり、犯罪をしたことがフラッシュバックするなど、精神的な苦悩があったとされます。

処遇の変化

青葉被告の不穏な状態に対し、個室に隔離する方針が採られ、自殺を警戒して保護室にも収容されました。また、彼は大声を上げるなどの行動があったため、処遇が変わりました。彼は高齢者や精神疾患を持つ受刑者と共に移され、刑務官の注意や指導が減少しました。

こうした青葉被告の軌跡から、彼がどのようにして犯罪に至ったのかを考察することができます。

Source: 日本ニュース24時間