戦争状態が続くパレスチナ自治区の「ガザ地区」からエジプトに避難した国際NGO「国境なき医師団」の日本人スタッフが11月4日、オンラインで記者会見しました。
戦争状態のガザ地区で3週間過ごした避難生活
会見したのは、現地で人事担当の仕事をしていた白根麻衣子さん。10月7日からイスラム武装組織「ハマス」とイスラエル軍の交戦が始まり、ガザ地区は絶え間ない空襲にさらされることになりました。
エジプトとの国境が封鎖されたため、白根さんは3週間以上もガザ地区で避難生活を送りました。しかし、11月1日にラファ検問所が開放され、エジプトへの移動が可能になったそうです。
ガザ地区内では食料や水が制限され、1日に1〜2食の缶詰めを摂る生活が続いていました。火を起こすために廃材を集めたり、温かい食事を楽しむために努力していました。
白根さんは家族との連絡が取れるときはなるべく連絡を取り合っていたそうです。会見では、「母は一度も弱音を吐かず、『あなたなら大丈夫だから信じて待ってる』とずっと言い続けてくれました。3週間乗り切れたのは家族の支えがあったから」と語り、言葉を詰まらせて涙ぐむ場面もありました。
忘れられない出来事は、移動中に体験したもの
10月7日の早朝6時半ごろ、白根さんがガザ市内の宿舎で眠っているときに爆発音で目が覚めました。外を見ると、ビルの裏側から無数のミサイルが打ち上げられている光景が広がっていました。
その後、宿舎の避難部屋で過ごしていましたが、イスラエル側から「ガザ地区北部の住民は南部に避難するように」との勧告が出され、現地時間の10月13日に「国境なき医師団」の車でガザ地区南部に避難しました。
この移動中に忘れられない出来事がありました。避難するための車が無く、どこに行くこともできないため、「道端でさまよう市民」がたくさん見受けられたそうです。
これに対して、パレスチナ人たちは白根さんたちの車を追いかけて「乗せてくれ」「なぜ行ってしまうの?」などと言っていたとのことです。白根さんはこの瞬間を振り返りながら「本当に心が張り裂ける思いでした」と述べていました。
このような過酷な状況の中で、国境なき医師団のスタッフが奮闘している姿には、心からの敬意を示さずにはいられません。
ソースリンク:日本ニュース24時間