平成時代、「ギャルの聖地」SHIBUYA109に隠された物語…元カリスマ店員の目撃証言

森本容子さん

平成ギャルという言葉が若者たちの間で流行しました。2000年代のY2Kファッションのブームやギャルマインドに関する本の出版など、再び「ギャル」が注目されています。そのブームの中心地であったSHIBUYA109(マルキュー)では、一体何が起こっていたのでしょうか。元カリスマ店員の目撃証言から、その一端を垣間見ることができます。(デジタル編集部 古和康行)

「ずいぶん社長には稼がせた」

森本さん

46歳の森本容子さんは、24年前の日々を振り返ります。彼女はマルキューにあったアパレル店「エゴイスト」の元カリスマ店員でした。「ギャルの聖地」とも称される場所で、ギャルブームの火付け役となった人物です。彼女の姿は連日テレビや雑誌で取り上げられ、ギャルのアイコンとなりました。1999年のユーキャン新語・流行語大賞では、「カリスマ」としてトップ10に選ばれています。「ギャル・コギャル時代」を牽引した存在なのです。

森本さん

「もう二度とあんなことは起きない」と彼女は静かに振り返ります。森本さんは埼玉県出身で、高校生の頃からファッションが好きで、サーフ系の服をよく着ていました。高校を卒業後、1996年に池袋のアパレル店でアルバイトを始めました。当時は大人がギャルや高校生などの若い層を「コギャル」と呼んでいました。「私もコギャルちゃんでしたからね」と彼女は笑います。

何社かの店を渡り歩いた末、1999年に彼女はエゴイストの店頭に立つことになりました。渋谷に来る前から、流行を作る意識がありました。安室奈美恵さんのファッションをマネする若者たちが増えた時の「アムラーブーム」に対する眼差しは特に物語的です。「安室さんの厚底ブーツは、私が池袋で働いているときには店員同士で流行っていたもの。雑誌が店員のファッションを取り上げて、2か月後くらいに発売される。その後に安室さんの厚底ブームですから。私たちが流行を作っているという意識はありました」と彼女は語ります。

カリスマ店員ブームが始まると、彼女の生活は一変しました。繁忙期には、月曜日から水曜日までは韓国で洋服の発注や買い付けをし、木曜日の休みも取材に応じる日でした。金曜日から日曜日までは、朝から晩まで店頭に立って洋服を販売しました。

当時のエゴイストは14坪の店舗面積で、月間2億円の売り上げを達成するなど、社会現象となっていました。しかし、森本さんの給料は多くても「25万円」でした。エゴイストの店員として働きながらも、彼女の実際の給料は世間で言われているほど高くありませんでした。「ずいぶん社長には稼がせたと思います」と当時を振り返り、彼女は笑います。

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