棋士デビュー70周年の“ひふみん”こと加藤一二三氏に、脳科学者の茂木健一郎氏がインタビュー。藤井聡太氏の本質や将棋AIの弱み、AIを使った将棋研究などについて、軽快なトークを繰り広げる。本稿は、加藤一二三、茂木健一郎『ひふみん×もぎけん ほがらか脳のすすめ 誰でもなれる天才脳の秘密』(集英社)の一部を抜粋・編集したものです。
● 勝負はやはり感性が物を言う 「見た瞬間に“いい手”が浮かぶ」
茂木 最近、女流棋士ががんばっていますね。ひとつの要因として、今まで女流棋士の数が少なかったので対局の数も少なかったけれど、今はAIプログラムで女流棋士も男性と同じように研究ができるようになった、というようなことも言われていますね。新しい時代になって、藤井聡太さんをはじめ、将棋もプログラムやソフトウエアで研究する時代になっていますが、それについてはどうお考えですか。
加藤 じつを言うと僕は、人工知能については理論上も実際も研究していまして、結論からすると、まだまだ人間は人工の頭脳に負けないと思っています。
僕はときどき将棋のタイトル戦の解説をします。そのとき、僕が解説した10分ぐらい後に、人工知能が同じことを示してきますから。要するに僕のほうが人工知能よりも早い。人工知能ってすごい計算能力ですよ。でもそれより僕のほうが早い。
茂木 すごいですね。
加藤 将棋の変化はね、10の220乗あるんだそうです。我々プロ棋士は盤面をパッと見た瞬間に、これがいちばんいいという手が浮かんできます。見た瞬間、読むべき手は5通りくらいありますが、5通りの中でいちばんいい手はこれだ、と、だいたい浮かんでくる。
僕の場合はですね、パッと見た瞬間にいちばんいい手が浮かんでくる確度は95%くらいだと思う。大山康晴さんは85%。それから、かつて羽生善治さんは70%と言っています。羽生さんは謙遜しすぎだと思うけれども。勝負はやはり感性ですね。見た瞬間、この景色だったらこれがいちばんいいんだというのが浮かんでくる。
問題は、最初に浮かんで「これがいちばんいい手だ」と思ったけども、少し考えたとき、「あ、これもいい手だな」と思える局面がときどきあることです。僕の経験則で、最初に浮かんだ手と後から考えた手の二者択一の場合は、かならず直観で浮かんだ手を選んで勝っています。
つまりね、後から考えた手というのは、どちらかというと自分の都合のいいように、いいようにと考えた手で、僕の言葉で言うと「勝手読み」。こういうことは人生でもあることです。自分の都合のいいように考えていったらけっこう失敗しますね。
茂木 深い話ですね。結局、人工知能と人間の脳の構造の最大の違いはここなんですね。人工知能は、ありとあらゆる手を検索して最適解を見つけてくる。いっぽう人間は逆で、最適解が最初に直観でわかって、それを検証するんですね。