オリンピック金メダリスト、角田夏実選手の柔道人生は、まさに波乱万丈。高校時代は柔道に打ち込むも結果が出ず、一度は柔道から離れたいと思ったことも。しかし、東京学芸大学への進学が、彼女の柔道人生を大きく変えるきっかけとなったのです。今回は、TBS系『人生最高レストラン』でのインタビューを基に、角田選手の知られざるストーリーをご紹介します。
大学進学の決め手は「ゆるく柔道」?母の条件と意外な出会い
高校卒業後、強豪校からの誘いもあった角田選手。しかし、当時の彼女は燃え尽き症候群のような状態に陥っており、「大学生活を楽しみたい」という思いが強かったそう。母親に相談したところ、「遊びに行くためにお金は出しません!」と一喝され、学費を出してもらう条件として「六大学か国立大学への進学」を提示されます。
そんな時、東京学芸大学から声がかかります。当時、柔道強化を始めたばかりだった同大学。「練習はゆるめでいい」という条件に、「これだ!」と直感した角田選手は進学を決意。この意外な決断が、彼女の柔道人生のターニングポイントとなるのです。
alt 角田夏実選手、試合中の真剣な表情
再び燃え上がった柔道への情熱:練習不足から全国優勝へ
大学では当初、ゆるい練習に満足していた角田選手。しかし、練習不足から思うように体が動かず、試合で負ける悔しさを味わいます。これが彼女の闘志に火をつけ、再び柔道に真剣に取り組むようになったのです。
さらに、東京学芸大学のOBとの出会いから柔術も始めることに。団体戦での優勝、そして大学3年時には個人戦で全国大会を制覇するなど、目覚ましい活躍を見せます。
柔術との出会い:新たな挑戦が柔道家としての成長を加速
柔術は、柔道とは異なる技術や戦略を学ぶことができ、角田選手の柔道家としての成長をさらに加速させました。異なる格闘技に触れることで、自身の柔道の技術を見つめ直し、新たな技を習得するきっかけにもなったのです。 著名な柔道家、山田先生(仮名)は、「異種格闘技との交流は、柔道家にとって視野を広げ、技術を深化させる貴重な機会となる」と語っています。
努力と情熱が生んだ金メダル:パリ五輪での輝き
そして、31歳という年齢で掴んだパリ五輪での金メダル。一度は柔道から離れようとした彼女が、再び情熱を取り戻し、世界の頂点に立ったのです。この輝かしい栄光は、彼女のたゆまぬ努力と柔道への変わらぬ情熱の証と言えるでしょう。
alt 角田夏実選手、柔道着姿の凛々しいポートレート
角田選手はインタビューの最後に、「大学時代の経験が、今の自分を作っている」と語っていました。東京学芸大学での出会いや経験が、彼女を金メダリストへと導いた大きな要因と言えるでしょう。彼女のストーリーは、私たちに努力の大切さと情熱の力強さを教えてくれます。