戦前の日本を語る上で欠かせない神武天皇。近年、この象徴的な存在への関心が再び高まっているようです。右派にとっては「美しい国」の祖、左派にとっては「暗黒の時代」の始まり。様々な解釈が存在する神武天皇ですが、現代の私たちはこの歴史上の人物をどう理解すれば良いのでしょうか?本記事では、神武天皇への関心の高まりと、その背景にある「戦前」の捉え方について、歴史研究者・辻田真佐憲氏の著書『「戦前」の正体』を参考にしながら解説していきます。
神武天皇への関心の高まり
近年、神武天皇をテーマにした書籍の出版や、神武天皇像、記念碑の建立など、神武天皇への関心が静かに、しかし確実に高まっている様子が見られます。国立国会図書館のデータベースを調べると、2010年以降、神武天皇を冠した書籍は60件もヒットします。これは、1980年代の8件、1990年代の12件、2000年代の17件と比較すると、大幅な増加と言えるでしょう。
神武天皇の銅像
令和に入ってからも、岡山県笠岡市に神武天皇像が、三重県熊野市には記念碑が建立されました。中には、神社に神武天皇の顔ハメパネルが設置されているケースもあるとか。戦前を生きた人々がこれを見たら、さぞかし驚くことでしょう。
神武天皇の実在をめぐる議論
2022年には、古屋圭司衆院議員が「神武天皇と今上天皇は同じY染色体を持つ」とTwitterで発信し、物議を醸しました。染色体は実在の人物にしか存在しないため、この発言は神武天皇の実在を前提としたものとなります。(ちなみに、科学雑誌『Newton』はこのような論文の掲載を否定しています。)
「天皇の祖先を辿れば誰かにたどり着く。その一人が神武天皇だ」という反論もあるかもしれません。しかし、縄文時代や弥生時代に竪穴住居に住んでいた人物Xは、あくまで人物Xであって、八紘一宇を唱えたとされる神武天皇とは同一人物ではありません。仮にモデルとなった人物がいたとしても、結論は変わりません。
歴史家・辻田真佐憲さん
このような神武天皇の実在論は、いまだ根強く存在しています。歴史学者、例えば、東京大学名誉教授の山本達雄先生も、神武天皇の在位期間を紀元前711年から紀元前585年と推定する説を唱えており、議論は尽きません。
現代社会における「戦前」の解釈
神武天皇への関心の高まりは、現代社会における「戦前」の解釈と密接に関連しています。「戦前」という言葉は、単なる過去の時代区分ではなく、現代のイデオロギーや政治的立場によって様々な意味合いを持つようになっています。
神武天皇を「建国の祖」として崇拝する動きは、国家主義的な思想の台頭を反映している側面もあります。一方で、神武天皇を「神話上の人物」と捉え、その実在性を疑問視する意見も少なくありません。こうした多様な解釈が存在することで、「戦前」という時代への理解はより複雑化しています。
まとめ
神武天皇への関心の高まりは、現代日本社会における「戦前」の捉え方の変化を示唆する重要な現象です。私たちは、歴史的事実と神話を区別し、多角的な視点から「戦前」を理解する必要があります。 この機会に、歴史書や専門家の意見を参考にしながら、改めて「戦前」について考えてみてはいかがでしょうか。