攻撃ヘリコプターの代名詞とも言えるAH-1「コブラ」。陸上自衛隊でも運用され、『シン・ゴジラ』をはじめ数々の映画や漫画にも登場するこの名機は、世界初の本格的な攻撃ヘリとして1960年代初頭のアメリカで誕生しました。半世紀以上経った今でもその存在感は色褪せませんが、実はその誕生秘話には、意外な「間に合わせ」という側面があったのです。
ベトナム戦争が生んだ攻撃ヘリの需要
ベトナム戦争という過酷な戦場において、アメリカ軍はジャングルでの機動力を活かすためヘリボーン作戦を多用していました。しかし、敵の対空砲火によるヘリコプターの損害は深刻な問題でした。ヘリボーン前の固定翼機による掃討作戦も、敵のゲリラ戦術の前に効果は限定的。ヘリコプターの護衛任務も、固定翼機との速度差が大きく困難を極めました。
こうした状況下で生まれたのが、輸送ヘリコプターを護衛し、降着地点の掃討と周辺警戒を行う「ガンシップ」と呼ばれる武装ヘリコプターでした。汎用ヘリコプターに機関砲やロケット弾を装備したものでしたが、元々の設計にない重火器を搭載したため、速度低下や防御力の不足といった問題を抱えていました。
alt="ベトナム戦争時のUH-1ヘリコプター。ジャングル上空を飛行する様子"
攻撃ヘリ開発計画とAH-1コブラの登場
ベトナム戦争の教訓から、アメリカ陸軍は専用の攻撃ヘリコプターの開発に着手。新型空中火力支援システム(AAFSS)計画が立案され、各メーカーに要求性能が提示されました。この計画に応えてベル・エアクラフト社(現ベル・ヘリコプター)が開発したのが、UH-1汎用ヘリをベースとしたAH-1「コブラ」でした。
高速性能を追求するため、機体は極限までスリム化され、ヘリコプターとしては初めて操縦席にタンデム配置を採用。進行方向に関係なく射撃可能な旋回銃塔や、多様な武器を搭載できる小翼など、後の攻撃ヘリの設計に大きな影響を与えた革新的な機体でした。
1965年9月7日、AH-1「コブラ」の試作機が初飛行。しかし、アメリカ陸軍の本命はロッキード社(現ロッキード・マーチン)で開発中のAH-56「シャイアン」でした。AH-1「コブラ」は既存のUH-1のエンジンやローターを流用したのに対し、AH-56「シャイアン」は全て新規設計。そのため、AH-1は「シャイアン」完成までの「繋ぎ」という位置付けでした。
alt="AH-1G「ヒューイコブラ」。スリムな機体とタンデム配置のコックピットが特徴的"
本命「シャイアン」の挫折とコブラの活躍
AH-56「シャイアン」は1967年9月21日に初飛行。しかし、革新的な設計が仇となり、様々な技術的問題が発生。開発は難航し、最終的に計画は中止となりました。
一方、既存技術をベースに開発されたAH-1「コブラ」は、信頼性が高く、ベトナム戦争で大きな戦果を挙げることになります。こうして、「間に合わせ」だったAH-1「コブラ」は、攻撃ヘリのパイオニアとして歴史に名を刻むことになったのです。
専門家である防衛評論家の田中氏は、「AH-1コブラは、その誕生から運用に至るまで、まさに波乱万丈の歴史を持つ機体と言えるでしょう。しかし、その実用性と信頼性が、攻撃ヘリという新たなジャンルを確立したのです。」と語っています。