渡邉恒雄氏と盟友・氏家齋一郎氏の知られざる関係

渡邉恒雄氏、通称「ナベツネ」氏。読売新聞を巨大メディアへと成長させたカリスマ経営者として、また政界に大きな影響力を持つフィクサーとして、その名は広く知られています。2023年12月、98歳でこの世を去った氏の功績を振り返ると同時に、今回はあまり知られていない盟友・氏家齋一郎氏との関係性について、元自民党副総裁・山崎拓氏の証言を元に紐解いていきます。

山崎拓氏が語る、ナベツネ氏の素顔と氏家氏との関係

山崎氏は、ナベツネ氏を「偉そうに見られがちだが、実はざっくばらんとした人柄だった」と語ります。筆まめな一面もあり、山崎氏の近況を気遣う手紙を送るなど、陰ながらの交流もあったとのこと。公の場では「ナベツネさん」と呼ぶことはなかったものの、個人的な恩義もあり、敬愛の念を抱いていたそうです。

山崎拓氏と渡邉恒雄氏山崎拓氏と渡邉恒雄氏

中曽根政権を支えた二人のキーマン

ナベツネ氏は、大野伴睦氏の番記者時代から権力中枢と近い距離にいました。特に中曽根康弘元首相との関係は有名です。当時、ナベツネ氏と氏家氏は二人三脚で中曽根政権を支えていました。山崎氏は官房副長官として、中曽根氏から二人との連絡役を任されていたといいます。

ナベツネ氏は政治部、氏家氏は経済部出身でしたが、ジャーナリストの枠を超え、裏方として政権運営に深く関わっていました。特に売上税導入を目指していた中曽根内閣にとって、公明党とのパイプを持つ氏家氏の存在は重要でした。山崎氏も中曽根氏の指示で、公明党の矢野絢也氏との交渉に奔走したといいます。

哲学者・ナベツネ氏と現実主義者・氏家氏

山崎氏は、ナベツネ氏を「哲学者」、氏家氏を「現実主義者」と評しています。二人とも敬愛していましたが、個人的な付き合いは氏家氏の方が深く、連日連夜共に過ごす時期もあったそうです。

中曽根康弘元首相中曽根康弘元首相

巨大メディアを築き上げた手腕と政界への影響力

ナベツネ氏は読売新聞を発行部数1000万部を超える巨大メディアへと成長させました。その辣腕ぶりは誰もが認めるところです。一方で、政界工作にも長け、絶大な影響力を持っていました。氏家氏との連携プレーは、中曽根政権を支える重要な柱となっていたのです。

ナベツネ氏と氏家氏の知られざる貢献

二人の功績は、表舞台ではあまり語られることはありません。しかし、山崎氏の証言から、彼らが日本の政治史に大きな足跡を残したことが分かります。中曽根政権の安定化、そして数々の政策実現の裏には、ナベツネ氏と氏家氏の尽力があったと言えるでしょう。

時代のキーマン達の知られざる物語

ナベツネ氏と氏家氏、そして山崎氏。それぞれの立場から日本の政治を動かしてきたキーマン達の物語は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。歴史の陰で活躍した彼らの功績を改めて認識し、未来への教訓として活かしていくことが大切です。