〈「私と幸せの国へ行きましょう」借金苦でも、育児ノイローゼでもない…40歳・シングルマザーが9歳娘を殺害した「世にもおぞましい理由」(2016年の事件)〉 から続く
【写真ページ】急に金髪にしたり、ありもしない浮気に激怒した「妄想性障害の母親」、殺害された9歳の娘
母親が9歳の娘の首を絞めて殺害…2016年に起きた痛ましい事件。さらに驚くは、殺害の理由は「占いによって、神のお告げがあったから」だという。彼女はなぜ占いに傾倒し、神のお告げを受け、そして娘を殺めたのか。
元夫を取材してわかった、事件までの経緯をノンフィクションライターの高木瑞穂氏の新刊『 殺人の追憶 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の2回目/ 最初 から読む)
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精神を患う妻との不条理な生活
康祐と朋美は2002年、6年の交際を経て結婚した。出会いは飲み会の場で、酒好きの二人はすぐに意気投合し、ほどなくして男女の仲になった。康祐は23歳、朋美は20歳だった。
結婚の数ヶ月前――。朋美が急に「自分はワキガだ」と言い出したことが、すべての始まりだった。異臭はなく、医者からもそうではないと診断されたのにもかかわらず、朋美はそうだとして譲らなかった。被害妄想なのは明らかでありながら、ついには臭いの元となるアポクリン腺を切除する手術までしたのだった。
「それで満足せずに、『自分は何かしらの精神病を持っている』って言い出し、今度はドクターショッピングを始めたんですよ」
ドクターショッピングとは、診断結果に納得がいかず、医療機関を次々と変えて受診する行為のことである。自分の納得のいく診断結果が得られる反面、病気の本当の原因が見逃されてしまったり、誤診が下されるなどのリスクがある。
朋美は複数の精神科をはしごした。そして納得のいく診断が下された精神科に通院し始めた。
「診断結果は統合失調症。障害者手帳の等級は2級です。朋美はインターネットでアレコレ調べていたらしく、自分が統合失調症だと決めつけていたようなんです」
後にオラクルカードに傾倒して娘を絞殺する現実を説明するためには、朋美が患う精神疾患について詳しく知る必要があるだろう。
心や考えがまとまりづらくなってしまう病気、統合失調症。健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状(妄想、幻覚、思考障害)と、健康なときにあったものが失われる陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如、自閉、記憶力の低下、注意集中力の低下、判断力の低下)があり、当事者の気分や行動、人間関係などに影響が出るとされている。
康祐は朋美の精神疾患について「実は別の障害だったんです」と語った。地検は朋美の刑事責任能力を調べるための鑑定留置――精神鑑定を実施した。そのなかで、統合失調症ではなく「妄想性障害」だと明らかになった。それを康祐が知ったのは、裁判を傍聴するなかでのことだった。
妄想性障害は統合失調症と似ているが、幻聴や幻覚は強くはない。しかし、事実ではないことを「確信」してしまう「妄想」が長く続いてしまう、という特徴がある。日常生活に大きな支障はなく、普段はあまり目立たないが、妄想を確信するにあたり社会や結婚生活上などで問題が起こる。