日常的にクルマ移動するからこそ気になる電線問題
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のキーワードは「無電柱化は日本が抱えている喫緊の課題」。普段からクルマ移動の木下さんだからこそ思うところを語ってもらいました。
日本のトイレは世界で最も清潔! だけど電線は……
長い海外逗留を終えて帰国すると、日本のトイレの美しさに感動します。かつてはトイレのことを「御不浄」と言いました。人間の自然な反応ではあるのに、不浄なものだからと、どちらかと言えば虐げられた存在なのです。
日本ではもはや、ウォシュレットタイプの便座は珍しくはありませんが、海外ではそれなりの高級ホテルでなければ装備はありませんし、清潔度においても日本は突出しています。ゆえに海外出張に行く際に、最も不安に感じるのはトイレ事情なんです。衛生度で劣る国に行くときには、用を足す回数を減らすために、食を控えることもあるほどです。
というように、日本のトイレは世界でもっとも清潔で充実していると思えるのですが、一方、電線の見苦しさは発展途上国並みでありガッカリさせられますね。
僕は移動手段のほとんどをクルマに頼っています。ですから、日常的に道路を使っているわけです。日本は幸いにして景観が美しく、観光地も清潔に管理されていますから、「ああ、日本人に生まれて良かったなぁ」としみじみ感じることが多いのですが、そんな誇りを打ち砕くのが、見苦しく絡みつく電線なのです。
観光地では無電柱化が進んでいるものの……
電線の地中化は、世界的な傾向のようです。先進国での無電柱化は常識になりつつあると言います。とくにインバウンドに積極的な観光地などは、美観を損ねる電柱や電線を地下に埋めることで、景観を保とうと努力しているのです。
ロンドンやパリの地中化率は100%だと聞きました。それに対して東京の無電柱化率は10%にも満たないと言います。香港や台北や、あるいはソウルやジャカルタなどより低いそうです。かつて見た台湾や香港は、電柱や電線がトグロを巻いており、せっかくの旅なのに興醒めした記憶がありますが、いまでは逆転してしまっているようです。
日本でも、景観に対して敏感な観光地では無電柱化が進んでいます。世界遺産の清水寺(京都)や高野山(和歌山)などでは、無電柱化を達成しました。古都を再現したことで多くのインバウンド客で人気の川越(埼玉)なども、目抜き通りから電柱をなくしました。というように、無電柱化が理想的なことをわかっていながら行政はそれを進めない。徐々に無電柱化は進んでいるのですが、まだまだですね。
電柱は災害に弱いという特徴もあります。専門家によると、地震や津波によって電柱が傾斜あるいは折損するケースも少なくないと言います。倒れた電柱が道路をふさぎ、避難や救助の障害になっていると聞きます。
一方で電線の地中化は、災害後の復旧が遅く、コストも嵩みます。無電柱化が進まない理由は、電力会社の美意識の欠如だけではなく、コストにも関係してそうですね。
せっかく美しい国ジパングともてはやされており、トイレがあれほど清潔なのに、空が汚れていることには悲しさを覚えます。日常的にクルマ移動であるからこそ、とくに意識させられるのです。
日本は世界有数の自動車産業国なのですから、クルマだけが素晴らしいのではなく、日本の道にも誇りを持ちたいですよね。観光立国を目指すのでしたら、無電柱化は日本が抱えている喫緊の課題かもしれません。
木下隆之(KINOSHITA Takayuki)