現代社会は、倫理的な議論が白熱する時代です。世界で起こる人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、そして不適切な発言への厳しい社会的制裁…。時に「遠い国の人々」には限りない優しさを示しながら、身近な他者には批判的な目を向け、モラルに反する著名人には厳しい罰を与える私たち。この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合っていくべきなのでしょうか?
オランダ・ユトレヒト大学准教授、ハンノ・ザウアー氏の著書『MORAL 善悪と道徳の人類史』は、歴史、進化生物学、統計学など様々なエビデンスを交えながら「善と悪」の本質に迫る話題作です。今回は、この本から一部抜粋・再編集し、人間の弱さと強さについて考えてみたいと思います。
文明社会に適応した人間の脆弱性
熱帯雨林の風景
想像してみてください。あなたは49人の仲間と共に飛行機からパラシュートで熱帯雨林に降り立ちました。同じ飛行機には50匹のオマキザルもいます。衣服以外の装備は一切なく、2年間の生存競争が始まります。生き残った種族が勝者となるこのサバイバルゲーム、あなたは人間とサル、どちらに賭けますか?
矢や網の作り方、小屋の建て方、毒のある植物や虫の見分け方、毒抜きの方法、マッチなしで火をおこす方法、鍋なしで料理する方法、釣り針や自然素材を使った接着剤の作り方、蛇の毒のある場所、夜間の猛獣から身を守る方法、飲み水の確保、痕跡の読み方…。これらのサバイバルスキル、あなたはいくつ持っていますか?
サルたちはきっとたくましく生き延びるでしょう。少なくとも人間ほど苦労はしないはずです。なぜなら、現代の人間は文明社会にどっぷりと浸かり、道具や地域に関する知識なしでは生きていけないほど脆弱な存在になっているからです。
進化が生んだ適応力と文化の力
サルの群れ
慣れ親しんだ環境から引き離され、道具も知識もない状態で自然界に放り出された人間は、身体能力の高い捕食者の餌食となるしかないのでしょうか?
必ずしもそうとは限りません。人間には、進化の過程で培われた驚異的な適応力と、文化を創造し伝承する力があります。火の使用、道具の製作、言語によるコミュニケーション、そして協力による集団生活。これらは人間が生き残るために進化させてきた独自の戦略です。
もちろん、現代社会における快適な生活は、私たちからサバイバルスキルを奪い、自然界での生存能力を低下させているかもしれません。しかし、人間の潜在能力は計り知れません。危機的な状況に直面した時、私たちは先人の知恵と経験を活かし、新たな技術や知識を創造することで、困難を乗り越えてきた歴史があります。
人間は確かに脆弱な存在ですが、同時に無限の可能性を秘めた存在でもあります。文明社会が生んだ脆さと進化が生んだ適応力、この両面を理解することで、私たちはより賢く、より強く生きていくことができるのではないでしょうか。