台風19号が関東に接近しつつあった10月11日の金曜日、午前10時45分、東京都江戸川区役所。防災危機管理課に緊張が走った。
「JRが明日正午前後から順次運休するそうです」
届いたFAXの内容に課長の本多吉成(51)の表情が曇った。「早いな…」。想定外だった。
0メートル地帯。荒川と江戸川に囲まれた東京東部の「江東5区」(江戸川、江東、墨田、葛飾、足立)は大部分が満潮位以下にある。浸水想定域の人口は約250万人。深いところは10メートルが水に漬かる想定だ。
5区は昨年、巨大台風接近時に東京西部や千葉、埼玉など、区外へ避難を呼びかける「広域避難」の枠組みを策定。それが今回、初めて本格的に検討された。
荒川氾濫が想定されたのは13日午前6時。広域避難計画は、48時間前に自主避難呼びかけ▽24時間前に広域避難勧告発表▽9時間前には交通機関が停止、移動せず高所で安全を確保する垂直避難指示を出す-。しかし今回、計画運休開始はおよそ18時間前となった。
11日午後2時。気象台から「流域雨量が400ミリを超える可能性があります」と電話が入った。担当者は互いに広域避難勧告の基準となる600ミリに達していないことを確認した。
だが、足立区は「基準未満でも踏み切るべきだ」と主張した。5区長の判断がそろえば勧告は出せる。
冷静さを求めたのはアドバイザーの東大大学院特任教授、片田敏孝(58)。「今からでは遅い。暴風雨の中で移動の足を失いかねない」と諫(いさ)めた。
5区は12日、見送りを最終決定した。運休開始のわずか1、2時間前だった。