上皇后美智子さまのご実家、正田家 兄・巌氏の素顔と美智子さまへの想い

美智子さまが皇室に入られてから60年以上。その間、常に国民の注目を集め、多くの話題を提供されてきました。今回は、そんな美智子さまのご実家である正田家、特に兄・巌氏に焦点を当て、その素顔と美智子さまへの想いを紐解いていきます。

控えめで堅実な正田家の家風

美智子さまには、兄の巌氏、妹の恵美子さんと弟の修さんがいらっしゃいます。父・英三郎氏は日清製粉の社長を務め、母・富美子さんと共に堅実で謙虚な家庭を築いていました。

美智子さまの兄・正田巌さん美智子さまの兄・正田巌さん

当時、皇族の妃は旧皇族・華族から選ばれるのが一般的でした。平民出身の美智子さまが皇太子妃となられたことは、国民にとって驚きであり、同時に大きな喜びでもありました。しかし、正田家にとっては大きなプレッシャーでもあったのです。皇室ジャーナリストの神田秀一氏によると、正田家は美智子さまの足手まといになってはいけないと、あえて距離を置き、静かに暮らしていたそうです。「目立ってはならず、おちぶれてもいけない」という強い思いがあったといいます。

妹の結婚に反対?兄・巌氏の葛藤

東京大学法学部を卒業後、日本銀行に入行した巌氏。皇太子妃候補に妹の名が挙がった際、畏れ多くその任に堪えないと考え、辞退すべきだと考えていたそうです。

皇室との繋がりは、正田家にとって想像以上の重荷となりました。「美智子さまの兄」というレッテルが貼られ、常に注目される立場となった巌氏。浜口雄幸元首相の孫娘との縁談の際にも、美智子さまの実家との関係が懸念材料となったと言われています。また、皇室との繋がりを目的とした人々からの接触もあったとされ、巌氏は複雑な思いを抱えていたことでしょう。

メディアの取材攻勢と沈黙を守る正田家

美智子さまのご成婚後、正田家には多くの取材が殺到しましたが、彼らは沈黙を守り続けました。ジャーナリストの加藤仁氏が、日銀国債局長時代の巌氏に取材した際、「どこにでもあるような家庭ですよ。あのことがなければ正田なんて名前が有名になることもない」と語ったといいます。

美智子さま美智子さま

正田家は、妹の結婚という慶事を機に、図らずも世間の注目を浴びることとなりました。しかし、彼らは謙虚さを保ち、静かに暮らすことを選びました。その姿は、まさに日本の良き家庭像を象徴していると言えるのではないでしょうか。

日銀監事を務めた後、日本火災海上保険や明治生命保険の顧問を務めた巌氏。2人の子供は慶應義塾大学を卒業後、民間企業に就職しています。

美智子さまと正田家の物語は、私たちに多くのことを考えさせます。皇室と一般家庭の繋がり、注目されることの重圧、そして家族の絆。時代が変わっても、これらのテーマは私たちにとって普遍的なものと言えるでしょう。