三重大学で平成9年に始まった『男はつらいよ』鑑賞講座は、その後、愛知淑徳大学でも開講した。盛況で、非常勤で数年続けた後に正規教員として映画講座を担当することになった。「芸術学部」的な大学だったので、学生と映画を見ながら、私は映画史研究と両立させようと意気込んだ。
「無料映画鑑賞」と「名作映画をまるごと見る」ということで、毎年、希望学生が定員以上でクジ引きになったりした。映画サークルが自然発生した。寅さんだけでなく、他の山田洋次監督作品も、黒澤明映画も、チャプリンも、ミュージカルも-と間口を広げたが、ここでは寅さんと山田洋次に絞ろう。
『男はつらいよ』第1作は上質の喜劇だが、大学生は、それを傑作であるなどとは評価しない。私は、今の大学生が生きる世知辛い世の中で、破天荒な寅がどのような意味をもつのだろうと問いかける。山田作品『学校』『武士の一分』なども見て、まずは半年間で『男はつらいよ』6作品程度を制作順に鑑賞することになったが、次第に寅さんへの興味と関心が深まっていった。
「寅さんの少し空気が読めない性格に、最初はイライラしましたが、明るい素直な性格は、なぜか憎めませんでした」
「寅さんの楽天的で破天荒な性格がとても面白かった。何か元気をもらった気がする」
「はじめは目茶苦茶な性格の寅さんにあきれてしまいましたが、だんだん寅さんの明るさやまっすぐな性格に心をうたれるようになりました。自分の父をみての〈まったく、しょうがないな〉という私の気持ちと同じでした(笑)」
ある年度の学生の反応を記すと、第8作『寅次郎恋歌』(主なロケ地=岡山県)を見てのアンケートは、「大変よい」が17%だったのが、最終の第48作『寅次郎紅の花』(同=神戸市、鹿児島県)では、77%にまで上昇した。
また、「渥美清さんのしゃべりを聞いて、よくあんなに舌がまわるものだなと驚きました」といった単純な感想が、「言葉の美しさに驚きました。日本語の流れが歌のようで、聞いていてすごく気持ちがよかった」と深まっていく。
『男はつらいよ』は、噛(か)むほどに味が出る、するめ的な魅力をもつ。それが21世紀初頭の大学生に理解できるのだと思って私は感動することしきりだった。