ラリー・チャールズが監督、ボブ・ディランが主演、脚本も手掛けた2003年の映画「ボブ・ディランの頭のなか」を見るとディランが考えたことや、理想とする音楽の形が少し理解できる。少し、とわざわざ記したのは、この映画だけでは、とても彼の“頭のなか”のすべては分からないからだ。
現在78歳。近年のディランは、コンサート・ツアーに明け暮れている。20年4月1日から、ノーベル文学賞受賞後、初の来日公演が予定され、3週間以上日本に滞在する。78歳といえば、体力的にも14回(予定)の公演はつらいと思う。同世代には、人生のエンディングについて考えている人もいるだろう。
ディランを見ていると、使命として、あるいは生きた証しとして公演を続け、ステージの上で倒れるなら本望と考えているのでは?とさえ思う。
ステージにかける強い思いは、スマートフォンなどでの撮影禁止にも表れている。今年の4月、ウィーンでの公演で、ステージを撮影する聴衆に怒り、「演奏か撮影か、どちらかだ」といって、コンサートを途中で終了してしまった。公演に来た以上、日常をすべて忘れ、音楽演奏だけに集中してほしい。自分も演奏にすべてを注いでいる、という固い決意が伝わってくる勇気ある行動だった。
現時点では、来日に合わせてCDなどがリリースされるかは不明だ(あっと驚く何かがありそうな気もするが)。とりあえず、今月1日に、ファンにはおなじみのブートレッグ・シリーズ第15集「トラヴェリン・スルー」がリリースされた。1967~69年、米ナッシュビルを訪れた際の記録で、ジョニー・キャッシュ(カントリー・シンガー)とのセッションを含む47の未発表録音が収録されている。その情熱は、50年以上過ぎた現在にも伝わってくる。貴重な作品だ。
自分のような凡人には、天才ディランの“頭のなか”は理解できない。それでも彼の人生で音楽=命なのは分かる。(音楽評論家)=毎月第3火曜日掲載