生殖医療、再生医療、人工子宮、クローン技術など、不妊を解決できるかもしれない医療技術は多数ある。しかし、これらの技術が進歩しても、すんなりと問題が解決されるわけではない。テクノロジーによって提起される「子どもを持つための条件」という難問とは。※本稿は鈴木貴之『100年後の世界(増補版) SF映画から考えるテクノロジーと社会の未来』(化学同人)の一部を抜粋・編集したものです。
● 自分自身の遺伝子を持った 精子や卵子がもうすぐ作れる?
現在研究が進められているのは、再生医療技術を利用した精子や卵子の作成だ。再生医療技術とは、人体の一部を人工的に作成し、それを医療に用いる技術だ。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授が発見したiPS細胞は、その代表的なものだ。
iPS細胞は、人体の細胞、たとえば皮膚や筋肉の細胞を取り出し、そこに特定の遺伝子の操作を加えると、細胞が初期化され、人体のさまざまな部分になることができるようになるというものだ。この技術を用いれば、血液や臓器などを人工的に作成し、輸血や移植に利用することができると期待されている。
この技術が確立されれば、精子や卵子をつくることができない人は、iPS細胞からつくった精子や卵子を生殖に利用することができるようになる。第三者から精子や卵子の提供を受けることなく、自分自身の遺伝子を持った精子や卵子によって子供をつくることが可能になるのだ。すでに日本の研究グループが、ヒトのiPS細胞から精子や卵子のもととなる始原生殖細胞の作成に成功しており、近い将来実用化される可能性も高い(注1)。
注1 『日本経済新聞』2015年7月17日朝刊
やはり研究が進められているが、実現するにはもうすこし時間がかかりそうなのが、人工子宮だ。これは、体外で胎児を育てる技術だ。子宮内では、胎児は羊水につかり、母体とつながる胎盤から酸素や栄養分の補給を受けている。人体の外で胎児を育てるためには、このような機能を人工的に再現する必要があり、それは容易なことではない。
しかし、哺乳類を用いた研究はすでに進められており、東北大学の研究チームは、人工子宮内で羊の胎児を50時間以上生存させることに成功したという(注2)。もちろん、人間の胎児を10カ月育てることは、はるかに困難な作業だ。しかし、100年後には、水槽のなかで胎児を育てるというSF映画に出てくるようなことが、可能になるかもしれないのだ(注3)。
これらの技術とは対照的に、すでに技術としては存在しているが、実際に利用される可能性は低いのが、クローン技術だ。クローニングとは、ある個体とまったく同じ遺伝子を持つ個体(クローン)を人工的につくる技術だ。
● 質の良い牛を作るために クローン技術はすでに使われている
クローニングには2つの方法がある。
1つは受精卵クローニングと呼ばれる方法だ。受精卵が細胞分裂を繰り返してできた初期胚(はい)を分解し、それぞれの細胞から遺伝情報が収められている核を取り出して、核を取り除いた卵子に移植し、電気刺激を加えて融合させる。
そうすると、この卵子は受精卵と同じように働くようになる。これを代理母となる個体の子宮に移植し、妊娠・出産させる。このような作業を行うと、1つの受精卵から、まったく同じ遺伝子を持つ個体を同時に複数つくることができる。つまり、一卵性の双子、三つ子……を人工的につくるのだ。この受精卵クローニング技術は、畜産業において、質のよい牛などを複数つくる際に利用されている。
しかし、三つ子や四つ子を人工的につくることには、人間の場合にはあまり意味がないだろう。人間に用いられる可能性があるのは、体細胞クローニングと呼ばれる技術だ。体細胞クローニングでは、すでにいる個体の遺伝的なコピーをつくり出す。
注2 『日本経済新聞』2014年1月4日朝刊
注3 『ジュニア』のように男性が妊娠できるようになるためには、この人工子宮を男性の体内に埋め込む必要があるだろう。したがって、人工子宮の研究自体が始まったばかりの現時点では、男性の妊娠・出産はほとんど現実味のない話だ。