観終わったあと、後悔しか残らない。暴力、虐待、狂気、無力感――感情を逆撫でする展開の連続に、もう二度と再生ボタンを押せない…。今回は、視聴後に重い後味と心のざらつきを残す「胸糞映画」を5本厳選。作品の魅力を紹介する。第1回。(文・阿部早苗)
『アレックス』(2002)
監督:ギャスパー・ノエ
キャスト:モニカ・ベルッチ、ヴァンサン・カッセル、アルベール・デュポンテル、ジョー・プレスティア
【作品情報】
アレックスは婚約者のマルキュスとパーティーの最中に口論となり、憤りを抱えたまま一人その場を後にする。しかしその帰り道、彼女は何者かにレイプされるという悲劇に見舞われる。事件を知ったマルキュスは激怒し、友人ピエールと共に犯人捜しを始めるが――。
【注目ポイント】
ギャスパー・ノエ監督による問題作『アレックス』は、2002年のカンヌ国際映画祭にて公式上映された際、生々しく過激な描写によって途中退場者が相次いだことで大きな物議を醸した。その後、オリジナル版(ORIGINAL CUT)に加え、監督自身が再編集を行った時間順編集版(STRAIGHT CUT)が2021年に発表された。
ORIGINAL CUTの最大の特徴は、時間を逆行して物語が展開する構成だ。物語は、事件の加害者と思しき男性がクラブで暴行され、負傷した状態で運び出される場面から始まる。その後、時間は徐々に過去へと遡り、何が彼らをそこまで駆り立てたのかが明らかになっていく。そして物語は、恋人アレックスが地下道で襲われる衝撃的な事件の瞬間へとたどり着く。
特に問題視されたのが、9分間に及ぶレイプシーンである。アレックスが地下道で男に絡まれ、長回しで暴行される場面は、あまりに生々しく、観る者に強烈な不快感と恐怖を植えつける。このシーンはそのあまりのリアリズムゆえに、鑑賞者の心に深く重い傷を残す。
一方、STRAIGHT CUT版では物語が時間軸に沿って構成されており、アレックスとマルキュスの穏やかな日常から始まり、パーティーでの口論、暴行事件、そしてマルキュスの復讐へと直線的に物語が進行する。構造が整理されたことで理解しやすくなった反面、オリジナル版が持つ「衝撃が徐々に襲いかかる」特異な構成は薄れ、印象も大きく異なる。
いずれのバージョンにおいても、本作は一度観たら二度と観返す勇気が持てないかもしれない、そんな重苦しく陰鬱な後味を残す作品だ。それでもなお、暴力と復讐、そして時の不可逆性をこれほど痛烈に突きつけた映画は、稀有な存在であることに変わりはない。
(文・阿部早苗)
阿部早苗