『べらぼう』福原遥演じる誰袖は史実ではどんな人? 瀬川との“悲劇”の共通点も


【写真】もう一度会いたい 瀬川を演じきった小芝風花

 蔦重(横浜流星)を追いかけまわすのは、禿・かをり(稲垣来泉)の頃と変わらない。「兄さん、いつになったらわっちを身請けしてくれるんですか?」とあくまでも軽妙だ。やり手の志げ(山村紅葉)を軽くあしらうのもお手の物。蔦重への切ない想いに身を焦がし、耐え忍んだ瀬川とは対照的に描かれる。

 現代風にいえば、瀬川はまじめな優等生。仕事にも恋にも真摯に向き合う姿はどこか不器用ですらある。強気な面の裏に弱さを併せ持つ。人に頼ることも苦手だろう。

 誰袖は自分の魅力をよく理解しており、世の中を巧みに渡る。今際の大文字屋(伊藤淳史)に一筆書かせるような抜け目なさも持ち、笑顔や涙を使い分けて人の心に入り込む。今でいう「あざとい女子」の元祖かもしれない。

 しかし、史実では誰袖にはこの先、とんでもない悲劇が待ち受けているのである。

たった3年で終わった「2つの身請け話」

 瀬川はドラマに描かれた通り、夫の鳥山検校(市原隼人)が度を超えた高利貸しで罪に問われ、結婚生活はたった3年ほどで終わってしまう。

 一方、誰袖を身請けしたのは、老中・田沼意次(渡辺謙)の部下・土山宗次郎(栁俊太郎)。現代でいえばエリート官僚との人もうらやむ結婚である。もとより高利貸しとして悪名高かった検校(盲人組織の最高位)とは異なり、何の障害もない結婚だったはず……。

 しかし、誰袖の結婚生活も、やはり3年で終止符が打たれてしまうのだ。いったい何があったのか?

誰袖の夫・土山宗次郎はお江戸のパリピの中心人物

 土山は、勘定奉行・松本秀持(吉沢悠)配下の勘定組頭。上官の松本は、田沼意次に能力を見込まれて抜擢された代表的人物で、田沼の経済政策の中には、松本の提案から実現したものが多かったといわれている。もちろんその配下にあった土山も有能だったと伝わる。

 土山はわずか70俵5人扶持(現在の年収で400~500万円)だったが、田沼の懐刀・松本の配下としてこの世の春を謳歌した。政策を実行するチームにいたため、動かせるお金も大きかったのだろう。多くの取り巻きを従えて派手に豪遊したのだ。

 取り巻きの一人で下級武士の大田南畝(桐谷健太)は狂歌師として知られるが、のちに多くの随筆を執筆。土山が宴席になじみの遊女・誰袖を呼んだことも記録に残している。現代でいえば、高級官僚が文化人を引き連れて銀座でナンバーワンホステスと派手に遊ぶような感覚だろうか。

 土山の先妻も遊女だったと伝わる。今をときめく田沼派の一人とはいえ、貧乏旗本に過ぎない土山が2度も身請けできた上、1200両もの身請料を払えたのはなぜなのか。



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