備蓄米放出、緊急輸入論、そして外国産米流入… 日本のコメ価格はどこへ向かうのか

備蓄米の販売開始から1週間が経過し、日本のコメ価格に変動が見られ始めています。政府による備蓄米の放出が市場に影響を与える一方、小泉農水大臣からの「コメの緊急輸入」に言及する発言は、国内の米農家から戸惑いの声を引き起こしています。本記事では、現在のコメ市場の状況、政府や民間の動き、そして今後の日本のコメ価格の行方について詳しく報じます。

スポット取引価格の急落と店頭価格への影響

各地のスーパーでは、備蓄米の店頭販売が続いており、連日多くの買い物客が詰めかけています。岐阜県のスーパーでは、550袋分の整理券が約30分でなくなるほどの人気ぶり。購入者は年金生活者や子育て世代が多く、「少しでも安く手に入れたい」という切実な声が聞かれました。都内のスーパーでは税込み1998円、福岡市のディスカウントストアでも5キロ2000円を切る価格で販売されており、消費者の節約志向に応えています。

一方、コメを扱う業者間では「スポット取引」価格の急落が大きな話題となっています。都内の老舗コメ販売店、内田米店の内田幸男社長は、「びっくりしました。茨城産コシヒカリの2等米が、メニューに載った次の日には4000円も下がっていた。こんな経験はあまりない」と、価格変動の速さに驚きを示しました。先月取材した群馬県の金沢米穀販売の金澤富夫社長も、「いきなり1割落ちたのにはびっくりした。備蓄米が出始めた時期とスポット価格が下がり始めた時期が似通っており、インパクトが大きかった」と語り、備蓄米の放出がスポット価格下落に影響を与えている可能性を示唆しました。

スポット取引とは、JAなどを通さない業者間の取引であり、今後の市場価格の指標として注目されています。価格下落の背景には、新米が出始める前に2024年産米を売り急ぐ業者の動きがあると内田社長は分析します。特に新米の収穫が早い千葉・茨城産は影響を受けやすく、9月以降に本格化する新潟米や秋田米なども値を下げ始めています。これにより、店頭価格も下がる見込みで、高い時は5キロ5000円を超えていた銘柄米が、4000円程度まで下がる可能性が出てきました。

内田社長は、「今回の備蓄米以外にも1、2回目の備蓄米も徐々に流通しており、市場全体の流通量がかなり増えている」と指摘。今年のコメの生産量もかなり伸びると予測されており、「かなりジャブジャブになる可能性があります」と語り、供給過多による価格下落を懸念しています。

安くなった現在のスポット取引価格でコメを仕入れた場合、関東のコシヒカリ5キロは店頭で3250円程度で販売可能になるとの試算も出ました。金沢米穀販売の金澤社長は、「今までは売り手市場だったのが、『これで買ってもらえますか』という買い手市場に変わりつつある」と、市場環境の変化を実感しています。

備蓄米の随意契約販売は、5日から大手コンビニの一部店舗でも始まりました。ファミリーマートやローソンが一部店舗で先行販売を開始し、セブンイレブンも17日から販売を予定しています。全国で5万店を超える店舗網を持つ大手3社での販売本格化は、さらなる市場への影響が予想されます。

小泉大臣「緊急輸入」言及に波紋広がる

小泉進次郎農水大臣が6日の閣議後会見で、「緊急輸入、こういったことも含めて、あらゆる選択肢を私は持って向かいたい」と発言したことは、大きな波紋を呼んでいます。政府はこれまで、国内生産への影響を考慮し、外国産米の輸入には慎重な姿勢をとってきました。農水大臣が緊急輸入に言及するのは異例のことです。

政府の備蓄米はおよそ91万トンありましたが、競争入札で31万トン、随意契約で30万トンと販売が決まり、残りは少なくなっています。このままでは対応に限界があるとの指摘が出ていました。

コメどころ新潟で広大な田んぼを持つグリーンファーム・ナカムラの西村代表は、小泉大臣の発言を聞いて「そこまでコメが足りないのかと感じた。備蓄米が放出されているのに隅々まで届いていないから、輸入米で対応しなくてはいけないのか」と戸惑いを隠せません。西村代表は、輸入に頼る前に、まずは国内でのコメの流通を改善すべきだと訴えています。

自民党の農林族の重鎮である森山裕幹事長も7日、「主食であるコメを外国に頼ってはいけない。なんとしても国産で、国民に安心していただける農業政策を打ち立てていくことが本当に大事」と述べ、国産米の重要性を強調しました。

政府は、ウルグアイラウンド合意に基づくミニマムアクセス米として、毎年およそ77万トンのコメを無関税で輸入しています。このうち最大10万トンが主食用ですが、例年9月以降に行われる輸入を前倒しすることも検討しているといいます。

高関税でも「民間輸入」が急増

一方、ミニマムアクセスの枠外で行われる「民間輸入」は、すでに急増しています。民間輸入には1キロあたり341円という高い関税がかかりますが、今年4月の1ヶ月間の輸入量は、なんと去年1年間の総輸入量の約7倍に達しました。

大手スーパーのイオンの一部店舗では、6日からアメリカ・カリフォルニア産の「カルローズ米」の販売を開始しました。価格は4キロ税込み2894円で、5キロ換算すると税込み3618円となります。今後、関東や関西などの都市部を中心に、約600店舗まで販売を拡大する予定です。

食品輸入業者であるMYトレーディングの倉庫には、輸入されたコメが山積みになっています。同社はこれまで鶏肉を中心に扱っていましたが、今年3月からコメの輸入を開始。売上が急速に伸びているといいます。荒井さんは、「最初(3月)は200トンから始まり、翌月(4月)が800トン、5月には2000トンと、月を追うごとに輸入量を増やしています。かなり外国産米のニーズが高まっているのが数字に表れています」と語ります。

同社が扱う外国産米の多くは、日本のコメに近いとされるアメリカ産のカルローズ米です。荒井さんは、「味が安定しており、価格も一定水準で仕入れられる点で外食産業からのニーズが多い」と述べます。国産の玄米を1俵(60キロ)あたり3万4千円程度で仕入れることを考えると、高い関税を払ってでも輸入した方が単価を抑えられるメリットがあるといいます。しかし、人気のカルローズ米も値上がりを始めており、それに代わるベトナム産米の需要も高まっています。取材中にも、「国産から海外産に切り替えたい」という業者からの問い合わせが入る場面があり、今後の輸入量をさらに増やす可能性も示唆されました。

外食産業や農家、専門家が語る実情と懸念

外国産米の広がりは、外食産業にも影響を与えています。東京・御茶ノ水駅近くにあるカレー店「カレー屋ジョニー」では、アメリカ産のカルローズ米を使用しています。揚げたてのカツとこだわりのカレー、そしてカルローズ米が絶妙にマッチしており、価格は850円。お客さんからは「美味しい」という声も聞かれます。店主の加藤さんは、「さっと食べて帰るようなお客様が多いので、値上げはできれば1000円以内で抑えたい」と語ります。しかし、カルローズ米の価格も上昇しており、5年前は60キロあたり1万7000円程度だったものが、今や4万円を超え、2倍以上になったとコスト負担の大きさを訴えます。

こうした輸入米の広がりに対し、米農家の西村代表は懸念を抱いています。「輸入米を消費者がどんどん求めるようになると、今度は国内産米がだんだん売れなくなってきて、米価が下がってしまう。これ以上農業を続けていけない赤字続きの農家に逆戻りしてしまうのではないか」と、深刻な状況を危惧しています。

農業経営の専門家である宮城大学の大泉一貫名誉教授は、輸入に頼りすぎるリスクを指摘します。「世界でコメは約5億トン生産されているが、輸出市場に出てくるのはわずか8%ほど。非常に薄い市場です。そのため、貿易に頼る国にとっては結構リスキーです」と述べ、国際市場の不安定さが国内供給に影響を与える可能性を示唆しました。

銘柄米、備蓄米、輸入米… 今後の価格はどうなる?

備蓄米の放出や輸入米の増加により、様々なコメが市場に出回る状況となっています。今後の店頭価格について、コメの流通に詳しい流通経済研究所の折笠俊輔主席研究員は次のように予測しています。備蓄米のうち、5キロ2000円台の古古米や1800円台の古古古米は今後も同程度の価格で推移すると見られます。一方、流通に時間がかかっていた2023年産の古米備蓄米は、落札価格が高めだったため、3000円から3500円ほどで店頭に並ぶと予想。これは現在の輸入米であるカルローズ米と同程度の価格帯となります。

そして消費者が最も気になる銘柄米は、備蓄米が消費者のもとに行きわたることで市場の安心感が高まり、相場が下がってくるはずだと折笠氏は見ています。銘柄による差は出るものの、7月に入れば3000円台後半から4000円台前半くらいになるのではないか、というのが現在の見込みです。

消費者にとっては選択肢が広がり、価格が下がることは朗報です。随意契約の備蓄米が市場に出たことで、全体的にコメ価格が下がってくる傾向が見られます。しかし一方で、物価高騰で生産コストがかさむ農家にとっては、決して楽な状況ではありません。政府は事実上の減反政策である生産調整を見直す方向で検討に入っていますが、消費者だけでなく農家の事情も踏まえ、安定供給と適正価格の両立をどのように実現するかが問われています。

ジャーナリストの柳澤秀夫氏は、「食の安全保障」という観点から、日本のコメを守ることの重要性を強調します。農家保護はもちろん、食料を外国に頼ることには、有事の際に供給が断たれるリスクが伴うからです。しかし、それが「誰にとっての安全保障なのか」という視点も持ちつつ、複雑な課題に向き合っていく必要があります。

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