コメの高騰が続く中、インターネット上では日本の農業協同組合(JA)やコメの卸売業者が「必要か不要か」という議論が活発に交わされています。この論争に火をつけた大きな要因の一つが、政府備蓄米の市場への流通スピードの遅さです。前農林水産大臣である江藤拓氏が3月に入札方式で放出を決めた備蓄米は、農水省の発表によると、5月11日時点で小売業者や外食・中食業者に届いた量がわずか4.1万トンに過ぎず、これは放出決定量の19.8%にとどまりました。特に小売店への供給は12.9%とさらに低い割合でした。
週刊新潮の報道によれば、いわゆる「江藤米」の流通がようやく本格化したのは6月に入ってからとのことです。この遅すぎる対応に対し、多くの消費者は怒りを通り越して呆れを感じています。一方、小泉進次郎農水相は備蓄米の売り渡しを随意契約方式で実施。5月26日に書類受付を開始すると、翌27日には19社から申請があり、小泉農水相はその日の会見で「早い事業者とは今日にも契約を完了し、6月2日には店頭に並べられるという事業者もいた」と進捗状況を説明しました。
実際に流通はさらに早く進みました。楽天は5月29日には特設ページを開設し、備蓄米の販売を開始。アイリスオーヤマは31日に仙台市と千葉県松戸市のホームセンターで備蓄米を店頭に並べると、販売開始前から大行列ができる事態となりました。
備蓄米流通遅延の理由と問われる既存システム
江藤前農水相は4月18日の会見で、備蓄米がなかなか小売店に並ばなかった理由として、「備蓄米倉庫が東北に多いこと」「3月と4月が人事異動の時期であること」「トラックの手配が難しいこと」の3点を挙げました。しかし、小泉農水相の方式で備蓄米を扱ったアイリスオーヤマ、イオン、そしてドン・キホーテなどを運営するPPIHといった大手小売業者は、江藤氏の方式と比較して圧倒的なスピードで備蓄米を店頭に並べることができました。この事実を受けて、江藤氏の説明が「事実と異なるのではないか」という疑問が生じるのは当然であり、JAや卸売業者の「不要論」が改めて勢いを増す結果となりました。
議論はネット空間だけでなく、現実世界でも具体的な動きとして現れています。PPIHの吉田直樹社長は5月、小泉農水相に対し、コメ流通システムが抱える問題点について意見書を提出しました。
備蓄米の早期流通やコメ流通問題に関する意見書を提出したPPIH吉田社長と小泉農水大臣
PPIHが意見書で指摘した主な点は以下の通りです。
- 【1】集荷を担うJAと取引する一次問屋が事実上の「特約店」化しており、新規参入が極めて難しい構造になっている。
- 【2】問屋は一次から五次まで存在する多重構造となっており、中には利益のみを目的とするブローカーのような業者も横行している。このような多段階の中間業者によるコストとマージンの累積が、コメ価格高騰の一因となっている。
- 【3】今回のような需給バランスが崩れた緊急時において、一部の問屋は流通への協力を後回しにして利益を優先させる傾向がある。これが結果的にコメの供給量が必要十分に市場に出回らない状況を招いている。
多重構造が招くコメ流通の課題
これらの指摘は、長年指摘されてきた日本のコメ流通システムの構造的な問題点を浮き彫りにしています。従来の多段階を経る流通経路は、平時においては安定供給に寄与する側面もあるかもしれませんが、有事や価格高騰といった状況下では、かえって流通を滞らせ、中間コストの増大を招く要因となり得ます。
特に、市場原理に基づいた効率的な流通が求められる現代において、新規参入の困難さや、特定の既存業者による寡占状態は、健全な競争を妨げ、消費者にとっての利益を損なう可能性が指摘されています。備蓄米の迅速な市場供給が喫緊の課題となる中で、随意契約によって直接小売業者に供給する経路が、従来のシステムよりも迅速かつ効率的に機能したという事実は、既存のコメ流通システムのあり方そのものに対する再考を迫るものと言えるでしょう。
コメ価格の高騰は消費者の家計に直接影響を与える問題であり、その背景にある流通システムの課題解決は、今後の重要な政策課題となります。PPIHのような実需者が提出した具体的な意見は、議論を深め、より効率的で透明性の高いコメ流通システムの構築に向けた一歩となることが期待されます。
参考資料
- 農林水産省発表資料
- 週刊新潮 2025年6月X日号 取材より
- 江藤拓前農水相 会見録 (2025年4月18日)
- 小泉進次郎農水相 会見録 (2025年5月27日)
- 株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス (PPIH) 意見書 (2025年5月提出)