小泉進次郎農林水産大臣による備蓄米の大量放出決定は、「災害時の備えは大丈夫か」という世論の不安を招いている。この問題は、第2回【備蓄米の放出で倉庫業者が“廃業危機”報道も…「大量に保管していたのはJA」との指摘 “江藤米”の流通が遅れた真の理由とは】からの続きである。
小泉農水相は備蓄米の徹底的な売却を進める姿勢を示しており、主食用に加え、味噌や日本酒などの加工用への放出も検討している。さらに、江藤拓前農水相が入札で売却した「江藤米」についても、買い戻して随意契約で価格を下げて再放出することが「一つの選択肢」であると明言している。農水省が示す備蓄米の「適正備蓄水準」は約100万トンとされており、これは「10年に1度の凶作や、通常の不作が2年連続しても耐えられる目安」とされている。2018年6月時点では91万トンが備蓄されていた。仮に備蓄がゼロになった場合の対応として、小泉農水相は国会で、年間約77万トンを輸入している外国産米(ミニマムアクセス米)の活用も可能だと説明している。
袋詰めされた政府備蓄米がイオンの店舗で販売されている様子
災害時の放出実績から見る「備蓄米」の現実
では、実際に万が一の事態が発生した際、備蓄米はどれほど放出されてきたのか。備蓄米が放出された事例として、2011年の東日本大震災と2016年の熊本地震が挙げられる。東日本大震災では4万トン、熊本地震ではわずか90トンが放出された。これは適正備蓄水準100万トンに対し、東日本大震災で4%、熊本地震に至っては0.009%という非常に小さな割合である。さらに、東日本大震災時の4万トンは卸業者への売却であり、被災者に無償で届けられたわけではない。
制度設計の背景に潜む「JAの要請」
実は、以前から備蓄米の制度設計は過剰ではないかとの声が囁かれていた。政府がこれほど大量のコメを保管する謎を解く鍵の一つとして、2008年に農水省が発表した「米の備蓄運営等について」という文書が存在する。この文書には、政府がコメを買い入れたのは「農協系統の要請」と明記されている。2000年代後半から2010年代にかけてコメ価格が暴落した際、自民党の農水族だけでなく野党の共産党からも、「政府は備蓄米の買い入れ量を増やすべきだ」という強い圧力がかかっていたという。つまり、備蓄米制度は凶作や災害への備えとしてだけでなく、農家の収入補償として活用されることのほうが多かったのである。だからこそ、100万トンという量が「適正備蓄水準」なのかという疑問が囁かれてきた背景がある。
「回転備蓄」から「棚上備蓄」への変更と高コスト構造
JAの強い影響力が見られたのは、2011年に政府が備蓄米の保管方法を「回転備蓄」から「棚上備蓄」に変更した時である。回転備蓄は保管期限が過ぎたコメを主食用の古米として売却する一方、棚上備蓄は飼料用など非主食用のコメとして売却する。農水省の文書「米の備蓄運営等について」に記載された3年の保管期限による試算では、回転備蓄での財政負担は年150億円程度なのに対し、棚上備蓄は700億円が必要とされていた。つまり、国民の税金が多く使われることが事前に分かっていたにもかかわらず、政府は棚上備蓄に変更したのである。その理由は、コメの価格安定を求めるJAが棚上備蓄にすべきだと圧力をかけたからだという。
備蓄米制度は、本来の災害対策という目的とは別に、農家やJAの支援策として機能してきた側面が強く、その維持には国民負担を伴う高コスト構造が存在する。小泉農水相による大量放出は、このような制度の歴史と現状を踏まえた動きと言えるが、その影響と今後の食料安全保障への影響については注視が必要である。
Source: https://news.yahoo.co.jp/articles/e4246f3c6c2ed6c6eb01311f2a7543fb876462fc