学校部活動の「地域移行」が「地域展開」とより発展的な表現に改められ、本格的な検討が進む中、特に吹奏楽部においてはその運営母体や団体形態の見直しが焦点となっています。しかし、これまでの議論では「吹奏楽部の本質」が十分に掘り下げられてこなかった結果、「音楽的な感性」が育ちにくい状況が指摘される可能性が浮上しています。この問題は、地域展開後の活動の質の維持・向上に直結する重要な課題です。北海道教育大学音楽文化専攻 合奏研究室の21世紀現代吹奏楽プロデューサーである渡郶謙一氏は、この状況について警鐘を鳴らしています。部活動の地域展開が単なる顧問教員の「働き方改革」に留まらず、少子化による社会の縮小が進む中で、いかに「若者の文化を守り、その活動の枠組みや価値を再構築するか」という本質的な問いかけであることが明らかになっています。
日本の学校における部活動の活動風景をイメージ
地域展開の背景と現状
近年、高校の吹奏楽部を中心に新入部員数が回復傾向にあるという明るいニュースも聞かれます。これはコロナ禍を経て「厳しい部活動」との認識から変化が生じた可能性を示唆しています。しかし、都市部では実感しにくい社会全体の「縮小」は、多くの地域で部活動運営の厳しさを増しています。部員数の一時的な回復は喜ばしい一方、この勢いが長期的に持続するかどうかは、より広い社会的背景を踏まえて慎重に見極める必要があります。楽観視するだけでなく、現実的な視点を持つことが不可欠です。
進む少子化と未来への影響
総務省が公開している「統計ダッシュボード」の人口分布図(人口ピラミッド)は、日本の未来の人口構造を示しています。2025年現在と、大都市圏の人口ピークが予測される2040年を比較すると、特に部活動の中核を担う10〜19歳の人口は、2025年の推計1057万人から2040年には795万人へと、約260万人もの大幅な減少が見込まれています。こうした急激な少子化と人口減少は、現在の部活動が同じ活動規模や形式を維持することを極めて困難にさせます。現実に目を向け、変化への対応を迫られている状況です。
若者の文化を守るという本質
ゲーテの言葉に「現実に真摯に向き合う心の中にこそ、真の理想は宿る」とあります。まさにこの言葉が示すように、厳しい現実を受け止めることから、新たな解決策や可能性が見えてくるはずです。これまで部活動の地域移行(地域展開)は、顧問教員の長時間労働解消といった「働き方改革」の側面が強調されがちでした。しかし、その本質は、少子化と社会全体の縮小によって衰退が懸念される様々な活動から「若者たちの文化を守る」ことにあります。そして、その活動のあり方や価値を現代社会に合わせて再構築することこそが最重要課題なのです。若者の文化は、将来の社会の文化や思想の基盤を形成するからです。
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大人の責務と新たな可能性
高度経済成長期やバブル期を経て、現在の社会を築き上げてきた世代(筆者もその一人です)にとって、社会が縮小していく中でこれまでの文化の本質をどのように次世代に継承し、守っていくかを見出すことは容易ではありません。しかし、将来を担う若者たちのために行動を起こすのは、私たち大人の世代の明確な責務です。現実を直視し、これまでの成功体験や慣習にとらわれず、新しい活動の枠組みや価値観を模索することから、持続可能な「若者の文化」を守り育てる真の理想が生まれるでしょう。
参考文献
- 渡郶謙一氏 (北海道教育大学音楽文化専攻 合奏研究室 21世紀現代吹奏楽プロデューサー)
- 総務省「統計ダッシュボード」人口分布図
- Yahoo News / 東洋経済education × ICT 掲載記事