「白い巨塔」と言えば、医学界の腐敗を描いた山崎豊子の長編小説を思い起こさせますが、検察という組織はいったい何色の「巨塔」なのでしょうか。大阪地検の元トップによる性犯罪事件を現役女性検事が告発した一件は、組織の隠蔽体質を強く疑わせる大事件へと発展しつつあります。この大阪地検元検事正による性犯罪疑惑は、日本の司法界に波紋を広げています。
事件の中心人物である元検事正、北川健太郎被告に関する衝撃的な新事実が明らかになったのは、2024年5月21日に東京・丸の内の日本外国特派員協会で行われた記者会見でした。会見に臨んだのは、被害を訴える現役女性検事のひかりさん(仮名)と、その弁護士、支援者たちです。これまでも大阪や東京の司法記者クラブで会見は行われてきましたが、この日は特に、北川被告が事件後に送付した「口止め」とも取れる内容を含む直筆書面が公開されたことで、各社が大きく報じました。
これまでも、ひかりさんによって直筆書面の存在は示唆されていましたが、実際に公開された内容は非常に生々しいものでした。一部非公開の部分も含め、合計6枚にわたる長文には、加害者であるはずの北川被告からの異様なまでの懇願と、自身の立場を利用したかのような圧力が感じ取れる記述が含まれていました。
「仮の話ですが、あなたから『今回のことを胸にしまっておく』と言われたら、私は喜んで死ぬことができます。」
「今後の償いですが、私が生かされるのであれば、できる限りのことをさせていただきたいと思っております。しかしながら、ご主人に本件を打ち明けて弁護士を依頼するという件は何とか思い止まっていただけないでしょうか。」
このような内容が、絶対的な権力を持つ上司である元検事正から送られたのですから、ひかりさんがすぐに被害を公に告発できなかったことは、想像に難くありません。これまでの会見での発言からも、彼女が自身の検事としての仕事に強い思い入れを持っていたことがうかがえます。他の同僚たちが仕事をしづらくなるような状況は避けたい、しかし自身の受けた被害を看過することもできない、という複雑な葛藤があったのではないでしょうか。
検察組織の内部問題や信頼性を象徴するイメージ
事件の経緯と初公判での衝撃
ここに至るまでの経緯はやや複雑です。事件が発生したのは2018年9月。ひかりさんや北川被告を含む複数名が参加した懇親会からの帰宅途中でした。懇親会は北川被告の検事正就任祝いとして開かれたもので、その帰り道、ひかりさんと北川被告がタクシーに同乗し、そのまま官舎内の北川被告の自宅へ向かい、そこで事件は起こりました。
ひかりさんは事件直後から、懇親会の参加メンバーに当時の状況を尋ねたり、北川被告へ被害感情を伝えたりしていました。問題の直筆書面を受け取ったのは2019年10月です。この翌月、北川被告は検察を辞職しました。辞職後、彼は弁護士登録を行い、組織を去ってからも関西の司法関係者に対して一定の影響力を保っていたと言われています。
事態が大きく動いたのは2024年に入ってからです。ひかりさんが被害を正式に申告し、6月には大阪高検が北川被告を準強制性交の疑いで逮捕、翌日には起訴に至りました。
大阪地検の元トップという立場による性犯罪事件だけに、世間の注目度は極めて高く、その初公判が待ち望まれていました。初公判は2024年10月に行われ、そこで北川被告は罪状認否において起訴内容を認めました。
同じ日、大阪の司法記者クラブでは、ひかりさんによる記者会見が行われ、その証言内容の壮絶さに再び注目が集まりました。特に、目を覚まして拒否したひかりさんに対し、北川被告が言い放ったとされる「これでお前も俺の女だ」という生々しい言葉など、具体的な事件の詳細が赤裸々に語られたためです。なお、この発言があったこと自体は、北川被告も先の直筆書面の中で認めています。
また、会見の中でひかりさんは、特定の女性副検事が捜査情報を北川被告に漏洩させたり、ひかりさんに対する誹謗中傷の噂を流したりしたと訴えました。この女性副検事は、事件があった懇親会にも出席しており、北川被告と親しい関係にあったとされています。この訴えは、単なる個人の性犯罪に留まらず、組織内部の人間関係や隠蔽工作の可能性を指摘するものとして、極めて重大な意味を持ちます。
一転して「全面否認」へ
そして、状況は初公判からわずか2ヶ月後の2024年12月、第2回公判が開かれる直前になって一変します。12月に入り、北川被告の弁護人が会見を開き、初公判で一旦認めていた起訴内容について、今後は「全面否認」に方針転換することを明らかにしたのです。これは、一度は罪を認めた被告が、公判途中で無罪主張へと方針を変えるという、極めて異例の展開でした。
なぜこのようなタイミングで、そしてなぜ一度認めた罪を全面否認することになったのか。この方針転換は、裁判の行方だけでなく、背景にあるとされる組織的な動きや圧力の存在をも改めて疑わせるものとなっています。
組織の自浄能力への疑問
この一連の出来事は、日本の検察組織、特に大阪地検のような要職における倫理観、そして組織としての自浄能力に深刻な疑問を投げかけています。元トップによる性犯罪という個人の問題に加えて、その後の組織内の対応や、被害者への圧力を示唆するような言動、さらには公判における不可解な供述変更など、司法の信頼性そのものが問われる事態となっています。今後の裁判の行方、そして検察組織がこの問題をどのように総括し、信頼回復に努めるのかが、厳しく注視されています。
(注:本記事は公開情報に基づき構成されており、特定の個人や組織を誹謗中傷する意図はありません。)