ロシア中央銀行は、約3年ぶりに政策金利の引き下げに踏み切った。2025年6月6日に発表されたこの決定により、政策金利は1%ポイント引き下げられ、年20%となった。この動きは、足元でインフレ加速にピークアウトの兆しが見え始めたことや、通貨ルーブルの相場が着実に持ち直していることを受けてのものとされている。しかし、多くの専門家は、この利下げがロシア経済の本格的な金融緩和の始まりではないと指摘しており、依然として厳しい経済状況が続いているとの見方が優勢だ。
3年ぶりの政策金利引き下げとその背景
ロシア中央銀行が今回実施した1%ポイントの利下げは、名目上20%という極めて高水準にある政策金利をわずかに緩和するものである。利下げ自体はおおよそ3年ぶりとなる注目すべき動きだが、その背景には、公式発表によれば、一部で消費者物価の上昇勢いが鈍化し始めた兆候が見られることや、2025年年明け以降、通貨ルーブルが対米ドルなどで着実に持ち直しを見せていることが挙げられる。ロシア中央銀行は、これらの要因を根拠に、過去2年間にわたり継続してきた記録的な高金利政策をわずかに調整できる環境が整ったと判断した模様だ。
依然として高い実質金利と金融引き締め基調
それでもなお、政策金利が20%という水準にある一方で、消費者物価が前年比10%程度で推移していることを考慮すると、両者の乖離は実に10%ポイント程度と、依然として極めて大きい。これは、インフレ率を大幅に上回る「実質金利」が非常に高い水準に維持されていることを意味し、ロシアの金融政策が依然として強い引き締め基調にあることを明確に示唆している。ロシア中央銀行は、消費者物価の上昇率を大幅に上回る金利水準を長期間維持してきた結果として、今回、ようやくごくわずかな利下げに踏み切ることが可能となったにすぎない。この状況をもって「金融緩和局面に入った」と判断するのは、現時点では時期尚早と言えるだろう。
中銀総裁の認識と停滞色を強めるロシア経済
エリヴィラ・ナビウリナ中央銀行総裁自身も、ロシア経済の現状を「全速力で走る自動車」に例えるなど、インフレリスクへの強い警戒姿勢を崩していない。総裁は、今回の政策金利引き下げ後も、ロシアのインフレ動向を注意深く監視し、その制御が引き続き最も重要な課題であると強調した。これは、今回の政策金利引き下げが、景気刺激を目的とした本格的な金融緩和の始まりではなく、あくまでインフレや経済の過熱を抑制する必要があるという、中央銀行の基本的な認識に基づいていることを改めて示唆している。実際、ロシア経済は現在、停滞の色合いを濃くしている。2025年第1四半期の実質国内総生産(GDP)は前年同期比1.4%増にとどまり、2024年第4四半期の4.5%増から大きく減速した。経済成長率は鈍化しており、特に軍需関連部門の生産は堅調を維持しているものの、民間需要に関連する部門は明確な軟調さが目立つ状況だ。さらに、個人消費も前年割れが視野に入る厳しい状況であり、景気の実態はGDP成長率の数値が示すイメージ以上に悪化していると専門家は分析している。
ロシア、ノボオガリョボ公邸でビデオ会議に臨むプーチン大統領。ロシア経済の課題が続く中での会談。
大幅利下げが招くインフレリスク
このような経済状況下で、もし景気てこ入れのために大幅な利下げを敢行すれば、ナビウリナ総裁が懸念するように、インフレに歯止めが利かなくなり、経済の安定を大きく損なう危険性が高まる。景気低迷の主な要因は民間需要の不振にあるが、この民間需要は軍事関連生産の優先によるリソースの圧迫を受けている構造にある。つまり、軍需向けのモノやサービスの生産が優先され、供給能力が限定される環境で、金融緩和によって民間需要を無理に刺激しようとすれば、需要が増加する一方で供給が追いつかず、需給両面から強烈なインフレ圧力がかかることになる。これはロシア経済にとって大惨事となりかねないシナリオであり、ロシア中央銀行が積極的な金融緩和に踏み切れず、慎重な姿勢を崩せない最大の理由となっている。
今回のロシア中央銀行による政策金利の引き下げは、一見金融緩和の兆候と捉えられがちだが、その実態は、高止まりするインフレと停滞する経済という極めて複雑な状況下での、リスクを回避するための微調整に過ぎない。依然として高い実質金利が維持され、「全速力で走る自動車」と形容される経済に対して、中央銀行はインフレ制御を最優先課題としている。軍需優先による民間需要の圧迫が続く限り、積極的な金融緩和はインフレ大惨事を招くリスクを抱えており、ロシア経済が現在直面している困難な舵取りの状況を浮き彫りにしている。
出典:PRESIDENT Online
写真:SPUTNIK / 時事通信フォト