いまや小中学生の不登校児童生徒数は過去最多の30万人を超え、社会的な課題となっています。これに伴い、不登校の子どもたちの学びの場として、フリースクールやオルタナティブスクールといった多様な選択肢が注目されています。これらの学校が、既存の学校教育とどのように異なり、どのような価値を提供しているのか。前屋毅氏の著書『学校が合わない子どもたち』(青春出版社)から、神奈川県にあるオルタナティブスクール「湘南ホクレア学園」の具体的な取り組みとその理念を通して、日本の教育の新たな可能性を探ります。本記事では、同校が重視する「生きる力」を育む教育に焦点を当て、その独自性を詳細に解説します。
神奈川県湘南エリア、江ノ島にほど近い場所に位置する湘南ホクレア学園(以下、ホクレア)は、「学校が合わない子どもたち」が通う学び舎です。校舎として使用されているのは、江ノ島電鉄(江ノ電)の線路沿いにある情緒あふれる古民家。窓からは、のどかに走る江ノ電の姿が間近に見られます。そして、広がる海と砂浜は、子どもたちにとって格好のアウトドア教室であり、遊び場でもあります。このユニークな環境が、ホクレアでの学びの基盤となっています。
古民家や自然の中で学ぶ子どもたちのイメージ
低学年の子どもたちが利用するこの古民家で行われている朝の会、「サークルタイム」はホクレアの教育スタイルを象徴しています。畳の部屋に円形に集まった子どもたち(ホクレアクルーと呼ばれます)とスタッフ(キャプテンと呼ばれる)が、主に英語で交流します。ネイティブスピーカーのキャプテンが「週末は何をしましたか?」と問いかけると、子どもたちは楽しそうに次々と英語で答えていきます。もちろん、途中で日本語を交えて話す子もいますが、それが咎められることはなく、ごく自然に会話が進みます。誰もが積極的に発言し、萎縮している様子は一切ありません。
ホクレアの教育において、英語学習は非常に重視されています。これは、文部科学省が定める小学校での必修化といった、いわゆる「学力としての英語」とは異なる理由に基づいています。ホクレアの創立者であり理事長である小針一浩氏は、その理由を明確に語ります。ホクレアの建学の精神は「どんな世界でもサバイブ(生きのびる)できる子を育てる!」です。社会が目まぐるしく変化する現代において、子どもたちがどう生きていくかを考えたとき、伝統的な学力だけでは不十分になると小針氏は指摘します。
そこで重要になるのが「コミュニケーション能力」です。世界中に仲間を作り、多様な人々と繋がりを持てる子は、どんな時代でも力強く生きていけるとホクレアは考えます。英語は、まさにそのコミュニケーションをとるための強力な「道具」なのです。したがって、ホクレアでの英語学習は、試験で高得点を取るための知識ではなく、生きたコミュニケーションスキルを習得することに重点が置かれています。筆者が小針氏に「試験はありますか」と尋ねた際に、その問い自体がホクレアの理念からすると本質的ではないと気づかされました。ホクレアは、既存の教育システムとは一線を画し、「生きる力」としてのコミュニケーション能力育成を最優先課題としているのです。
結論として、湘南ホクレア学園の取り組みは、不登校問題に対する一つの有効な回答であり、これからの時代に求められる教育のあり方を示唆しています。古民家と自然の中で行われる体験的な学び、コミュニケーション能力を重視した英語教育、そして何よりも「生きる力」を育むという明確な理念は、既存の学校教育に馴染めない子どもたちにとって、自己肯定感を育み、社会でたくましく生きていくための確かな基盤を提供しています。日本の教育の多様化は、すべての子どもたちが自分らしく輝ける未来のために不可欠な流れと言えるでしょう。
参考文献:
前屋毅著『学校が合わない子どもたち』(青春出版社)
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