都内の閑静な高級住宅街。6月のある日の昼過ぎ、一台の黒塗りレクサスが豪邸の前に横付けされた。やがて現れた白髪の老人は、声をかけようとした記者の姿を見るや、足早に自宅へと戻り、そのまま姿を現すことはなかった。かつてフジテレビに30年以上君臨した「ドン」、日枝久氏の現在の姿だ。この旧体制に連なるフジテレビの元幹部に対する新たな動きが注目されている。6月5日、フジテレビは臨時取締役会で、港浩一前社長(73)と大多亮元専務(66)を提訴する方針を固めたのだ。
旧経営陣提訴の背景:スポンサー離れという危機
フジテレビが港前社長と大多元専務というかつての「エース」を提訴する背景には、深刻な経営状況がある。スポーツ紙芸能記者は「経営の判断を誤り、会社に巨額の損害を与えた善管注意義務違反で二人を追及する方針」だと説明する。特に、現役のフジ幹部が明かす内情は、事態の深刻さを物語る。「全取引先のうち7割近くの企業が、いまだCMの出稿を見合わせている」という現状だ。会社が黒字になる見通しが立たず、局内には重い空気が漂っている。
広告収入の激減は、フジテレビにとって死活問題だ。この危機から脱却し、一刻も早くスポンサーの信頼を取り戻すことが最優先課題となっている。現経営陣は、そのために「日枝久元取締役相談役をはじめとした旧経営陣と決別する姿勢を世間にアピールしなければならない」と判断した。長年にわたりフジテレビを牽引してきた彼ら、特に日枝政権下で重要な役割を担った港氏と大多氏に対する訴訟提起は、その強い決意の表れと言える。かつての社長を訴えることには社内で異論も出たが、「スポンサーを取り戻すため、『もうなりふり構っていられない』と現経営陣が判断した」結果だという。
社内の不満と信頼回復への模索
提訴のもう一つの重要な背景には、旧経営陣に対する社員からの根強い不満がある。別のフジ社員は「旧経営陣に対する社員の信頼はゼロに近い」と語気を強める。特に、過去の不祥事対応を巡る彼らの姿勢への批判は大きい。例えば、今年1月に港前社長がテレビカメラを入れない形での会見を強行しようとした際、現場社員から管理職、さらには執行役員クラスまでもが猛反発を予想して必死に止めたという。しかし、彼らは聞く耳を持たず、結果的に世間からの猛反発を招いた。
この対応に社員たちは「怒り心頭」だったといい、「『もうこんな会社にはいられない』と愛想を尽かして辞めていく社員もチラホラ出てきている」状況だ。社員の流出は組織にとって大きな痛手であり、これ以上の人材流出を防ぐためには、上層部は何かしらの手を打つ必要があった。今回の提訴は、旧経営陣への社内の怒りを沈静化させ、現経営陣が組織を立て直す意思があることを示す狙いもあるとみられる。
フジテレビ旧経営陣提訴方針を受け、FRIDAYの取材に応じる港浩一前社長の近影
提訴の方針決定と同時に、フジテレビは一連のトラブルに関係した社員の処分も発表している。中でも、中居正広氏と被害女性の間を取り持ったとされる元編成幹部は、1ヵ月の懲戒休職に加え、4段階の降格という重い処分を言い渡された。第三者委員会の報告書に対して中居氏側が反論するなど、事態は依然として混乱しているが、会社としては今回の問題を明確に区切りをつける姿勢を見せている。
栄枯盛衰と今後の行方
1980年代後半から90年代にかけて、バブル期に「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズのもと、バラエティとドラマの両輪でテレビ業界の栄華を極めたフジテレビ。港氏や大多氏は、まさにその時代の「象徴」とも言える存在だった。その後輩たちから「善管注意義務違反」を問われ提訴されるという「落日」を目の当たりにして、かつての「ドン」である日枝氏が豪邸の中で何を思うのか。
フジテレビが現経営陣による新たなスタートを切るために、旧体制との決別という大きな一歩を踏み出した今回の提訴。これは単なる内部の騒動ではなく、メディア環境の激変や過去の対応への批判が重なる中で、名門テレビ局が生き残りをかけて行う構造改革の一環と言えるだろう。スポンサーの信頼回復、そして何よりも社員の士気を再び高められるかどうかが、フジテレビの今後の命運を握っている。
参照元
- FRIDAYデジタル (2025年6月24日・7月4日合併号より)
- Yahoo!ニュース (記事リンク: https://news.yahoo.co.jp/articles/79d064292a8fe6b19c189383d4b2a70de19e3353)