余命宣告を受けた末期がん患者とその家族が、住み慣れた自宅での在宅緩和ケアを選択する姿を追ったドキュメンタリー映画『ハッピー☆エンド』が公開中だ。患者や家族が見せる屈託のない笑顔、そして主人公である緩和ケア医、萬田緑平医師（61）の明るい笑顔が印象に残る。最期の時を病院ではなく自宅で過ごすと決めた人々のため、萬田医師は今日も患者のもとへと向かう。彼が最も大切にするのは「体の元気より、心の元気」という考え方だ。
萬田医師が語る痛みと心のケア
萬田医師は、体の痛みは医療用麻薬などを適切に使うことでコントロールできると説く。がんで命を落とすのは、がんそのものが大きくなるからではなく、抗がん剤による体力の低下か、痛みが体を弱らせるためだと言う。痛みに耐える必要はなく、医療用麻薬に対する誤解を解き、正しい情報を伝えることも自身の重要な仕事だと語る。それ以上に重要視するのが心のケアであり、それは患者の家族や親しい友人にしかできない。看取る人には、患者の意識がはっきりしているうちに、できるだけ早く「ありがとう」という感謝の言葉を伝えることを約束してもらう。「ありがとう」こそが、残りの人生を心豊かにするための最良の薬だという。
ウルトラマンを夢見た一馬君の物語
萬田医師が“生き抜き屋”として関わった人の中に、ウルトラマンになることを夢見ていた青木一馬君という男の子がいる。3歳で急性リンパ性白血病を発症した一馬君は、約1年間の治療を経て、2019年10月に4歳8カ月で旅立った。最期の11日間は、群馬県渋川市の自宅で過ごすことを選んだ。父親の青木佑太さん（42）は当時を振り返る。自身が自宅での看取りをケアする訪問看護ステーションで作業療法士として働いていることから、いつか息子を家で看取りたいという思いがあった。しかし、親として我が子の死を受け入れたくない気持ちもあった。「余命宣告」後、「メイク・ア・ウィッシュ」のはからいでウルトラマンに会えた後、一馬君の体調が劇的に良くなった時期があり、試せる抗がん剤治療がなくなったと言われても、いつか奇跡が起こるのではないかと考えていたという。
故・青木一馬君の遺志を継ぎ、キッチンカーで病児家族を支援する父・青木佑太さん
終末期を自宅で過ごすことの意義
自宅での看取りは、患者が最も安心できる環境で、家族と共にかけがえのない最期の時間を過ごすことを可能にする。医療の進歩により痛みの緩和が進み、心のケアの重要性が見直される中で、自宅での終末期医療は選択肢として広がりつつある。萬田医師や青木さんの経験は、体の苦痛だけでなく、心の平安がいかに大切であるか、そして家族の愛情や感謝の言葉が持つ力を示唆している。奇跡を願いながらも現実と向き合い、大切な人との時間を最後まで豊かに生き抜くこと。それは、病と闘う全ての人々、そしてその家族にとって、深く心に響くメッセージとなるだろう。
