近年、日本各地でクマによる被害が頻発し、その深刻さは過去最多の死者数を記録するまでに至っています。秋田県知事が自衛隊派遣を要請する事態となり、住民の不安は増すばかりです。クマの行動は予測が難しく、従来の対策だけでは限界がある中で、新たな技術がこの難題に挑んでいます。上智大学の深澤佑介准教授が開発した「クマ遭遇AI予測マップ」は、クマの出没確率を具体的に示し、被害軽減への期待が高まっています。
AIが示す「遭遇確率」の現実
上智大学大学院(応用データサイエンス学位プログラム)の深澤佑介准教授によって開発された「クマ遭遇AI予測マップ」は、2025年10月20日にオンラインで公開されました。このマップの注目すべき点は、クマと遭遇する確率を赤から黄色の5段階のグラデーションで視覚的に表現していることです。全体の精度は63.5%とされ、AIがクマの存在を予測した場所では、10回のうち約6回は実際にクマと遭遇する可能性があるという計算になります。これは、外出時の安全対策を考える上で非常に具体的な参考情報となり得ます。
過去最多を記録したクマ被害の深刻な状況を表すニュース写真
予測を可能にするAIの仕組みとデータ活用
この画期的な予測マップは、複数のデータソースとAI技術を組み合わせることで成り立っています。まず、クマの被害が多い自治体から提供される詳細な位置情報データが基盤となります。例えば、秋田県が保有する「クマダス」のような充実したデータベースが活用されます。次に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が公表している「土地被覆図」をこれに重ね合わせます。これにより、ドングリ林や竹林といったクマが好む植生が詳細に表示され、出没しやすい環境が特定されます。さらに、クマが河川沿いや道路、山の尾根を移動する傾向があることから、国土交通省の地形データも加えられます。これらの膨大な情報をAIが分析することで、一見クマがいなさそうな住宅地の近隣であっても、特定の条件が揃えば遭遇確率が高まると判断するのです。
専門外からの革新的アプローチと今後の展望
深澤准教授自身はクマの専門家ではなく、前職は携帯電話の位置情報から人の動きを追跡するIT技術者でした。クマの出没予測というアイデアは、2年前に上智大学へ移籍した際に研究室の学生からの提案がきっかけとなりました。この専門外からのアプローチが、既存の枠にとらわれない革新的なソリューションを生み出したと言えるでしょう。
ただし、深澤准教授は「予測マップはあくまで確率を示したものです」と強調しており、確率が高いからといって必ずクマに出会うわけではなく、逆に低いからといって安全が保証されるわけではないと注意を促しています。現時点での予測マップの適用範囲は、札幌市、東北地域、東京都、北陸地方に限られています。これは、自治体ごとにデータベースの仕様が異なるため、全国的なカバーが難しいという課題があるためです。しかし、クマは自治体の境界を越えて移動するため、将来的には全国版の予測マップの完成が強く期待されています。
クマ被害が社会問題として深刻化する中で、「クマ遭遇AI予測マップ」のような技術は、私たちの安全対策に新たな視点をもたらします。この革新的なツールがさらに発展し、より広範な地域で活用されることで、クマとの共存における安全確保に貢献することが期待されます。
「週刊新潮」2025年11月6日号 掲載
新潮社
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