2024年、「直美」と呼ばれる初期研修後の美容外科への直接就職が話題を集める中、その陰で「直産」という新たなキャリアパスが若手医師の間で広がりを見せている。これは、研修直後に一般企業へ産業医として就職する動きを指す。医師不足が叫ばれる現代において、若手医師がワークライフバランスを重視した選択をする背景には何があるのか。そして、この「直産」の増加が、日本の企業が抱える健康経営の課題をどのように浮き彫りにしているのか、深く掘り下げる。
若手医師を惹きつける「手軽なホワイト職」としての産業医
産業医が若手医師に人気を集める要因は、その「手軽に就けるホワイト職」というイメージにある。産業医科大学を卒業していなくても、日本医師会が実施する約50時間の研修履修や、労働衛生コンサルタント試験の合格によって産業医資格の要件を満たすことが可能だ。つまり、医師免許を持つ者であれば、短期間で産業医となり、安定した収入と福利厚生、そして比較的柔軟な勤務体系を手に入れることができる。厚生労働省の2022年報告によると、認定産業医の総数は累計で10万人を超え、有効者数も7万人と増加傾向にある。しかし、実際に産業医活動を行っているのはその半分弱に過ぎず、「とりあえず資格を取得する」という医師も多いのが実情だ。例えば、腎臓内科に勤務する30代の女性医師は「子育て中のため、時間の融通が利く産業医は魅力的だ。来年の資格取得を考えているが、最近は人気の高まりから受講が抽選になる講座も出ている」と語り、その人気を裏付けている。
パソコンで業務を行う産業医のイメージ。短期間で資格取得が可能だが、その役割は多岐にわたる。
「名ばかり産業医」問題の深層:古くて新しい課題
このように直産医師や若手医師の産業医資格取得者が増加する一方で、「名ばかり産業医」が増えることへの懸念も高まっている。しかし、この問題は決して新しいものではないと指摘する声もある。産業医科大学出身で大企業に長年勤務するある産業医は、「昔から『名義貸し』は存在した。開業医が引退後や副業として産業医となるケースで、十分な職務を全うしないことは多かった。それが若手医師が担うようになって表面化したに過ぎない」と語り、この問題の根深さを明かす。産業医の報酬体系も、診療報酬に基づく出来高制ではなく企業の給与体系に連動するため、丁寧な面談や現場巡視によって従業員の安全衛生に真摯に向き合う産業医もいれば、そうでない場合でも報酬が変わらないという構造的な問題が存在する。あらゆる産業で人手不足が叫ばれる中、従業員の健康管理は企業にとって喫緊の課題であり、メンタルヘルス不調への対応も含まれる。安易なキャリア選択や「名ばかり産業医」の放置は、真摯に取り組む産業医の評価や信頼を損なうだけでなく、ひいては企業の競争力そのものを脅かすリスクとなりかねない。
「直産」というキャリア選択の増加は、若手医師の働き方や価値観の変化を反映している一方で、産業医制度が抱える本質的な課題を浮き彫りにしている。産業医が単なる資格保有者に留まらず、従業員の健康管理と企業の健全な労働衛生環境の維持に不可欠な専門家として機能するためには、その役割と評価を見直すことが重要である。企業は、従業員の心身の健康を最優先する健康経営を推進し、質の高い産業医活動を支援することで、持続的な成長と競争力の向上を目指すべきである。
参考文献
- 神田橋宏治氏(産業医、DB-SeeD代表)へのインタビュー
- 厚生労働省 認定産業医に関する報告書(2022年)
- WEDGE Infinity: 「〝直産〟で表面化する産業医課題 メンタル不調が続出する日本企業の健康経営の盲点とは」





