国内の出生数が70万人を割り込み、合計特殊出生率が過去最低の1.15を記録する中、子育てにおける「親が全てを背負うべき」という無言のプレッシャーが問題視されています。熊本・慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」に3歳で預けられ、里親のもとで育った宮津航一さんは、こうした社会状況について当事者としての思いを語ります。内密出産や赤ちゃんの匿名預け入れに関する議論が続く中、宮津さんが現役高校生で子ども食堂を立ち上げたきっかけについて、詳しく掘り下げます。
子ども食堂設立の動機
福岡5歳児餓死事件の衝撃
宮津さんが2021年に熊本市で子ども食堂を設立した背景には、複数の要因がありますが、最も大きかったのは2020年に発生した福岡5歳児餓死事件です。この事件は、母親が「ママ友」によるマインドコントロールを受け、実子の男児に食事制限や虐待を行い、最終的に餓死させたという悲劇でした。宮津さんはラジオのニュースでこの事件を聞き、強い衝撃を受けます。男の子が突然亡くなったのではなく、長期間にわたるネグレクトや虐待の末に命を落としたことを知り、「なぜ周囲は気づけなかったのか？」という憤りとともに、「日頃から子どもと地域の人々との関係が構築されていれば、防げたのではないか」という悔しさが込み上げました。
コロナ禍での地域交流の希薄化
事件発生当時、日本はコロナ禍の真っただ中で、ステイホームが強く推奨されていました。「人と直接会うのは避けよう」という風潮が広がる中、宮津さんの学校も一斉休校となり、自宅で過ごす時間が増えました。この時期、社会で最初に「なくてもいいもの」と見なされがちだったのが、近所や地域の交流でした。宮津さんは、この状況にも憤りを感じていました。宮津さんの両親は社会貢献活動やボランティアを続けており、宮津さん自身も幼い頃からよく同行しました。そこで地域のお年寄りたちが「こうちゃん、こうちゃん」と親しみを込めて声をかけてくれる経験は、家族以外にも自分を気にかけてくれる人がいるという大きな安心感を与えてくれました。しかし、コロナ禍で人々が家に籠もるようになり、このような温かい交流の場が失われてしまったのです。
居場所づくりの実践へ
こうした地域交流の喪失を肌で感じた宮津さんは、「それならば自分が動いて、子どもと地域のための居場所をつくりたい」と強く思うようになりました。福岡の餓死事件が浮き彫りにした「周囲の無関心」を防ぎ、かつコロナ禍で失われた地域との繋がりを取り戻すための一歩として、子ども食堂を立ち上げることを決意したのです。これは、彼自身の経験と、現代社会の課題に対する当事者としての切実な応答でした。
こうのとりのゆりかごに預けられた経験を持つ宮津航一さんが、自身が立ち上げた子ども食堂で受付をする様子
結論として、日本の深刻な低出生率の背景にある「親への過度な責任」という社会的なプレッシャーは、地域社会の孤立とも無縁ではありません。宮津航一さんの子ども食堂設立という行動は、悲劇的な事件やコロナ禍における地域交流の希薄化という現実を踏まえ、子どもたちが安心して過ごせる場所、そして地域全体で子どもを見守る繋がりの必要性を示すものです。彼の経験は、「こうのとりのゆりかご」や内密出産といった選択肢だけでなく、その後の子どもたちの育ちを支える社会全体の仕組み、特に地域コミュニティの重要性を改めて問いかけています。
[参考資料]
