いとうまい子さん、40代で大学へ向かった理由 「地獄の時代」経て見つけた恩返し

「人生100年時代」と言われる現代。これまでのキャリアとは全く異なる新たな分野を学ぶ「学び直し」への関心が高まる中、特に注目を集めているのがいとうまい子さんです。10代でアイドルとしてデビューし、俳優として活躍を続ける傍ら、40代半ばから大学、大学院へと進学。基礎老化学で博士課程を修了し、2025年春には大学で教える立場に、さらに地方銀行の社外取締役にも就任するなど、その異分野への挑戦と学び続ける姿勢は多くの人々に勇気を与えています。

40代で大学進学を決めた「地獄の時代」と恩返しへの思い

いとうさんが40代半ばで大学進学という大きな一歩を踏み出したきっかけは、高校卒業後に芸能界に入り、20代で所属事務所を辞めてから経験した、仕事がうまくいかない「地獄の時代」にありました。その困難な時期にも仕事を続けることができたのは、周囲の人々からの支えがあったからだと強く感じています。「皆様のおかげで生かされている部分がある。何か恩返しをしないと、バチがあたるんじゃないか」という強い感謝の気持ちが生まれたのです。しかし、高校卒業後すぐに芸能界という小さな世界にいた自分には、具体的にどのように恩返しをすれば良いのか分かりませんでした。そこで、人として、また社会で活動していく上での新たな土台となるものを見つけたいという思いから、多くの人が通う「大学」で学んでみようと考えたのが始まりでした。

大学の研究室で顕微鏡を使い、細胞を手に研究を行ういとうまい子さん大学の研究室で顕微鏡を使い、細胞を手に研究を行ういとうまい子さん

人との出会いが導いた、予防医学への道

数ある大学の中から早稲田大学人間科学部を選んだ背景には、大学入学の数年前に仕事で出会ったある教授の存在がありました。その教授から「予防医学」の重要性を教わったいとうさんは、深い感銘を受けました。コロナ禍を経て予防の意識は高まりましたが、当時はまだ一般的にあまり考えられていない人が多かったといいます。予防を意識することの大切さを広めることこそが、自分ができる恩返しにつながるのではないか、私がメッセンジャーになれればという直感が生まれました。そこで、予防医学を体系的に学ぶことができ、芸能活動との両立も視野に入れた通信課程を持つ大学を探し、早稲田大学人間科学部eスクールを選んだのです。

研究生活の転機と、柔軟な姿勢で乗り越える困難

早稲田大学の人間科学部で学びを深めた後、大学院へと進み研究生活を送る中で、いとうさんはいくつかの大きな転機を経験しました。当初の予防医学から始まり、ロボット工学、そして最終的に基礎老化学へと、専攻分野を変更したのです。大学時代には学習面や研究面で様々な困難にも直面したといいます。しかし、そこで偶然の出会いを大切にしたり、他者からのアドバイスを柔軟に受け入れたりすることで、それらを乗り越えてきたと語っています。この変化に対応し、新たな知見や意見を吸収する柔軟な姿勢こそが、彼女の学び続ける道のりを支える鍵となりました。

いとうまい子さんの40代からの大学・大学院での学び直しは、「恩返しがしたい」という純粋な思いから始まりました。困難を経験しながらも柔軟な姿勢で乗り越え、専門分野を広げてきたその道のりは、新たなキャリアを切り拓くことにつながり、大学教授や銀行社外取締役といった重要な役割を担う現在へと繋がっています。彼女の挑戦は、「人生100年時代」における学びの可能性と、異分野への挑戦がもたらす豊かな人生を示唆します。

参考文献: