朝ドラ「あんぱん」第12週:戦争と芸術の葛藤、嵩が探る「逆転しない正義」

終戦まであと1年。嵩(北村匠海)が所属する小倉連隊に中国・福建省への出動命令が下された。初めての敵地に怯える嵩を案じた八木(妻夫木聡)の計らいで、嵩は宣撫班勤務となる。これにより戦闘任務からは外れることになったが、そこで待ち受けていたのは精神的な苦痛だった。NHK連続テレビ小説『あんぱん』第12週は、嵩の絵の才能が戦争に利用される様を描き、この週のサブタイトルである「逆転しない正義」を模索する姿を描く。

宣撫班とは、武力に依らず、医療活動や娯楽を通じて現地住民に日本軍への親しみを持たせ、占領への協力を得ることを目的とする部隊だ。嵩が着任したその日の朝、宣撫班が桃太郎を日本兵に見立てた紙芝居を上演したところ、村人たちが「日本兵は嘘つきだ」と騒ぎ出し、騒動になったという。そこで新たな紙芝居の制作を依頼された嵩だったが、現地住民の反発は想像以上に根強いものだった。1937年7月の盧溝橋事件を機に本格化した日本の中国侵略において、日本兵は地元民から土地や資源を収奪し、性暴力や虐殺まで行ったため、恨まれるのは当然のことである。しかし、日本兵は自らに「東洋平和のためだ」と言い聞かせていた。こうした侵略戦争を正当化するための大義名分に対し、嵩は改めて疑念を深めていく。

連続テレビ小説『あんぱん』より、宣撫班勤務となった主人公・嵩の姿連続テレビ小説『あんぱん』より、宣撫班勤務となった主人公・嵩の姿

「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義ってなんだろう」という嵩のモノローグから始まった今週。第12週のテーマである「逆転しない正義」は、「おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」という答えへと繋がる。その答えにたどり着くための布石として、現地住民との激しい対立が描かれている。人を喜ばせるために絵を描いてきた嵩にとって、人を支配するために絵を描くことは、到底我慢ならないことだった。しかし、現地で民家の接収を強いられていた健太郎(高橋文哉)の「しょんのなかったい。これが戦争やろうもん」(仕方がない。これが戦争だろう)との説得、そして宣撫班を外されれば再び戦闘任務に戻されるのではないかという恐怖から、嵩は耐え難きを耐え、『双子の島』という名の紙芝居を生み出すことになる。

この『双子の島』の元ネタは、おそらく戦時中、中国・福州で宣撫班に勤務していたやなせたかしが実際に制作した紙芝居『双子譚』とされる。やなせ自身は著書『絶望の隣は希望です!』(小学館)の中で、同作品について「日本と中国は双子の関係であって、この2つの国が仲良くしなければ、東亜の平和はない、という説話です」と語っている。

第12週は、戦争という極限状況下で、嵩の才能がいかに利用され、彼が精神的な苦痛に直面するかが克明に描かれた。そして、こうした体験を通じて、「逆転しない正義」という主題、すなわち「お腹をすかせた人にパンを届けること」が、彼の中で輪郭を持ち始める重要な展開となった。