近年、若者を中心に最低限の仕事しかしない「静かな退職」が増加傾向にありますが、これはリストラのリスクを孕んでおり、特に40歳以上の社員にとってはさらに危険が高まります。一方で、このような状況下でも、戦略的にいわゆる「窓際ポジション」を獲得し、リストラ対象にもならずに自身の利益を享受している人々が存在します。本記事では、あえて「働かないおじさん」という選択肢を選び、「新・勝ち組」となった会社員の手法を探ります。これは、日本の社会・政治状況とも関連する労働環境の変化を示す一つの側面と言えるでしょう。
静かな退職のリスクと異なる生存戦略
「静かな退職」は、キャリアアップや評価を積極的に求めず、与えられた業務のみをこなす働き方です。しかし、これは企業側から見れば貢献度が低いと判断されやすく、特に経営状況が悪化した場合などにはリストラの対象となりやすいという大きなリスクを伴います。40歳以上の社員の場合、転職市場での選択肢が限られることも多く、このリスクはさらに深刻になります。そのような中、リスクを回避しつつ、自身のワークライフバランスや精神的な安定を優先するために、戦略的に「窓際族」を目指すという逆説的な生存戦略を取る人々が現れています。これは、従来の企業文化や労働価値観に対する一つのアンチテーゼとも見なせます。
石原聡二さんの事例:伝統的日本企業への失望
戦略的にステルス窓際社員となった一人に、エネルギー関連会社に勤める石原聡二さん(仮名、50歳)がいます。石原さんは40代半ばまで第一線で活躍していましたが、勤めている、いわゆるJTC(日本型の伝統的企業)の文化に深く失望し、窓際社員を志すようになりました。彼は、出世のためには土日返上もいとわない激務をこなす課長や、自身の失点だけを気にして社内政治に終始する部長たちの姿を見て、「なりたい自分はここにはない」と感じたと言います。この失望が、彼を異なる戦略へと駆り立てました。
戦略的な窓際族への道:発言を控え、空気を読む
30代の頃は意欲的に働き、重要なプロジェクトも任されていた石原さんですが、失望を機に徐々に仕事のペースを落とし始めました。その最初のステップは、「会議での発言を控える」ことでした。「良い提案がある」「これは非効率だ」などと一度意見を述べれば、すぐにその担当を任され、仕事が増えることを彼は経験から知っていました。窓際社員にとって、目立つこと、そして余計な仕事を増やさないことが鉄則であり、会議での発言は「ご法度」と彼は語ります。
真面目な社員であるかのように見せる努力も怠りませんでした。会議には常に参加し、定時には退社するものの、職場での協調性を損なわないよう気を配りました。そして、自分にとって都合の良い、つまり自身の保身を第一に考えるタイプの部長の部署に引き抜いてもらうための「画策」を巡らせました。石原さんは、「うちの会社の部長はミスを恐れる人ばかりで、さらに自分に取って代わる優秀な人材を蹴落とそうとする人もいる。当初はうんざりしたが、窓際を目指すならこういう上司こそ逆に狙い目だと考えた」と明かしています。彼は、このような上司と良好な関係を築くことに注力しました。
都合の良い上司を利用した異動戦略と得られた対価
TVドラマであれば悪役になりそうなタイプの部長が、石原さんにとっては目標達成のための「神様」でした。石原さんは、その部長が管理する、主に若手育成を手がける負担の少ない内勤部署への異動を成功させました。この部署では、定時での帰宅が可能になり、有給休暇も自身の好きなタイミングで取得できるようになりました。現在も石原さんが心がけているのは、「言われたこと以外は絶対にしない」という徹底した姿勢です。
日本企業のオフィスで働く中高年男性のイメージ写真
この戦略的な選択の結果、石原さんは人生におけるより重要なものに時間を費やせるようになりました。例えば、子どもの夏休み期間中、有給休暇をまとめて取得し、2週間にわたるオーストラリアへの短期留学に付き添うことができました。「妻も子どもも喜んでくれたし、自分自身も最高の体験ができた。これも窓際戦略の賜物ですよ」と石原さんは語ります。会社からの給料だけでは決して得られない、貴重な家族との時間や自身の満足感を、彼はこの戦略によって手に入れたのです。
結論として、「静かな退職」がリストラのリスクを高める可能性があるのに対し、石原さんのような「戦略的窓際族」は、日本の伝統的企業文化の中で、自身のキャリアや評価を追求することを諦める代わりに、ワークライフバランスや精神的充足といった別の形の「勝利」を追求する生存戦略と言えます。これは、特に中高年社員が直面する厳しい労働環境の中での一つの適応策として注目されるべき現象であり、今後の日本の労働市場や企業文化に示唆を与える事例と言えるでしょう。
参考資料:
日刊SPA! (Yahoo!ニュース経由)