毎週水曜日の午前2時頃、椿野ゆうこ氏(24)は起床する。TOKYO MXの朝の情報番組『おはリナ!』に気象予報士として出演するためだ。テレビ画面ではにかむような笑顔で天気を伝える彼女には、「ひめもすオーケストラ」というアイドルグループの一員としての顔もある。前日の夜にアイドルのライブがあった場合、睡眠をとらずにそのままテレビ局へ向かうこともあるというが、これまで体調不良でライブを休んだことは一度もないと語り、自身の体力には自信を見せる。気象予報士の難関資格を取得したのは昨年3月。それ以来、アイドルとお天気キャスターという異例の「二刀流」での活動を続けている。このユニークなキャリアの背景には、彼女の学生時代の経験と、アイドルへの特別な思いがあった。
TOKYO MX『おはリナ!』気象予報士 椿野ゆうこさんの写真
オール5から一転、学業での苦悩
科学への興味は、小学生の頃に京都にある母親の職場で芽生えた。青少年科学センターで生き物や自然に触れる中で、関心を深めていったという。成績は極めて優秀で、中学時代は体育と美術を除く全教科で成績「5」を取り続けたほどの優等生だった。その後、京都府内でもトップクラスの進学校に入学。しかし、そこで大きな壁に直面する。入学して最初のテストで、問題の難しさや授業のスピードについていけない現実に直面。「あれ?」と感じたという。勉強に厳しい校風で、土日も模試で学校に通うのが当たり前。塾にも通ったが、周囲のレベルの高さに比べて自分はできないと感じ、得意だったはずの勉強がどんどん辛くなっていった。学校に行くのが嫌になり、泣きながら登校する日々が続いたと当時の苦悩を振り返る。
支えとなったアイドルの存在
自信を失い、学業に苦しんでいた椿野氏の支えとなったのが、アイドルの存在だった。小学生の頃からAKB48などのアイドルが好きだったが、この高校時代の辛い時期に、欅坂46(現櫻坂46)のメンバーだった長濱ねる氏に特に救われたという。長濱氏の努力家な一面や、苦手なことにも真正面から取り組む姿勢、そしてアイドルとして様々なプレッシャーや辛い経験を乗り越えて頑張る姿に、自身の状況を重ね合わせ、強い励みを受けた。この頃には、単なるアイドル好きから「アイドルがないと生きていけない」と感じるほど、彼女にとってアイドルの存在は欠かせないものとなっていた。
誰かを救いたい、アイドルになる夢へ
アイドルへの思いが募る中で、椿野氏は自分自身がアイドルになり、過去の自分が救われたように誰かの心を救える存在になりたいと強く願うようになった。受験真っ只中の高校3年生の夏、彼女は決断する。親には内緒で、東京で行われる「坂道合同新規メンバー募集オーディション」を受けるため、京都駅から夜行バスに乗った。「アイドルのオーディションを受けに行きます」と置き手紙を残しての出発だった。一度、親にアイドルになりたい気持ちを伝えて反対された際に「何考えてるんだ、勝手にしろ」と言われた言葉を胸に、文字通り「勝手に」東京へ向かったのだという。後日、親からは電話でひどく怒られたが、この時に誰かの心を救える存在になりたいという彼女の夢は、よりはっきりと形を持ち始めた。オーディションには最終的に落選したが、この経験がその後の彼女の進路と、気象予報士というもう一つの道の追求につながっていくことになる。
まとめ
気象予報士とアイドルの異例の二刀流で活躍する椿野ゆうこ氏。その華やかな活動の裏には、有名進学校での学業の挫折と、そこから救ってくれたアイドルの存在があった。自身の苦悩を乗り越え、今度は自分が誰かを支えたいという強い思いが、彼女をアイドルへの道へと突き動かした。そして、努力の末に掴んだ気象予報士の資格。彼女のユニークなキャリアは、困難の中で見出した夢を追い続け、二つの専門性を両立させる強い意志と体力の賜物と言えるだろう。