東京・名古屋間を最速45分で結ぶとされるリニア中央新幹線。2027年の開業を目指していましたが、各地で工事の遅れが表面化し、特に岐阜県でのトンネル工事影響(地盤沈下など)により、2025年6月時点では具体的な開業時期が見通せない状況です。しかし、名古屋駅では、リニア駅の建設が着々と進められています。現在の駅を東西にまたぐ形で地下約30メートルの深さに建設される新駅は、幅約60メートルに及び、地上部は広場などとして整備される計画です。この名古屋駅、実は東西でその発展の歴史が大きく異なります。
工事中の名古屋リニア中央新幹線駅(中村区)
名古屋駅東西の顕著な違い
現在の名古屋駅は、東口側がいわゆる名古屋の玄関口として高層ビルが立ち並び発展したのに対し、西口側は異なる様相で、全く異なる歴史をたどってきました。名古屋駅の西口、太閤通口を出てすぐの場所に、名古屋市中村区役所が設置した銘板があります。この銘板には、1964年(昭和39年)当時の西口駅前の写真が掲載されています。
名古屋駅西口に設置された中村区役所の銘板:昭和39年頃の駅西側の写真が掲載されている
銘板の文には、「戦後しばらくは写真のようなバラック造りのさまざまな商店が建ち並び、大いに賑わったという」と記されています。これは、戦後の駅西エリアが持つ独特の歴史を物語っています。
戦後の「駅西」:活気あふれる闇市由来の街
かつて名古屋駅西側は「駅裏」とも呼ばれ、戦後闇市由来の21マーケットが密集し活況を呈していました。商店のほか旅館や遊技場なども多数存在したようです。
1960年代、東海道新幹線開業に向けた都市改造事業が行われる前の名古屋駅西側の様子
東海道新幹線開業に伴う大規模開発
その後、1960年代の東海道新幹線開業に向けた都市改造事業が実施されました。この開発で、街路変更、広場・道路用地確保のため約2500戸が移転。戦後の駅西の歩みを都市社会学の視点から研究する林浩一郎准教授(名古屋市立大学大学院)は、地権複雑な駅西でこの規模の開発は都市改造事業以来と指摘します。
リニア開業を見据えた現在の変化と歴史的視点
このように、名古屋駅西は戦後の混乱期から東海道新幹線開業を経て大きく変貌。今、リニア中央新幹線という新たな変革期です。メ~テレには1960年代駅西の様子を記録した映像があり、その変遷を伝えます。
名古屋駅西側は、闇市からの活気ある街から東海道新幹線開発を経て変貌し、今リニア開業という新たな変革期です。この歴史を知ることは、現在の開発理解に重要な視点を与えます。
【出典】Yahoo!ニュース