ゴミに「ご苦労様」と挨拶する80代社長 名晃・峠テル子のユニーク経営術

仕事における挨拶は社会人の基本ですが、なんとゴミにまで挨拶をする会社が存在します。その会社は、峠テル子氏が社長を務める名晃です。かつては「どうせゴミ屋だから」と諦め顔の社員ばかりだったという会社を改革した、80代の女性社長による独特な経営方針と人材育成術についてご紹介します。

なぜゴミに挨拶?安全への願い

挨拶は最低限のマナーであり、当然のこととして行われるべきものです。しかし、峠社長はそれ以上のことを求めました。かつての名晃では、社員が収集中のゴミをぞんざいに扱い、足蹴にして怪我を負うケースが多発していたのです。峠社長は「この子たちを名晃で不幸にしてはいけない。怪我や病気にさせてはいけない」という一心で、何か良い方法はないかと深く考え続けました。

そこで思いついたのが、「ゴミに対して感謝する」という考え方でした。ゴミを扱うことを生業としているのだから、「廃棄物に対して『ご苦労様でした』と一礼してから手をつけてください」と指導を始めたのです。

これは社員からの大きな反発を招きました。「何ですか、それ?」と、誰も実行しようとしません。峠社長は繰り返し言い続け、ついには自分の車で収集車の後を追いかけ、「『ご苦労様でした』と言って、頭を下げてください」と促しました。

ゴミに「ご苦労様」と挨拶する80代社長 名晃・峠テル子のユニーク経営術
廃棄物処理場のゴミ。名晃ではゴミに「ご苦労様でした」と挨拶する

そこまでしても、なかなか声に出して「ご苦労様でした」と言う社員はいませんでした。それは当然かもしれません。それまで一度も言ったことがなく、ゴミに対して感謝の気持ちを全く持っていなかったのです。彼らにとって、ゴミは自分たち以下のどうしようもない存在でした。そのゴミに対して頭を下げて感謝しなさいと言われても、彼らには全く理解できませんでした。

それでも峠社長にうるさく言われ続け、社員たちは渋々、小声で言うようになりました。しかし、峠社長はそれで満足せず、「まだまだ!」「声が小さいよ。声が小さかったらゴミに聞こえないよ!」と言い続けます。怖い顔をして言っている社員には、「笑顔で!そんな怖い顔をしていたら感謝にならないよ」と指導。さらに「大きな声で!」「笑顔で!」「頭を下げるのは30度で!」と、非常に細かく指示を徹底しました。

社員の抵抗と社長の粘り強い教育

社員たちは峠社長が少しおかしくなったのではないかと思ったかもしれません。しかし、峠社長の根底にあったのは、社員に怪我をさせたくないという強い思いでした。ゴミを蔑ろにして蹴っ飛ばし、足を怪我して一生引きずるようなことになったら、その社員が年を取ってからどうなるのか、それだけが心底心配だったのです。とにかく、労働災害だけは避けたかったのです。

社員にもっと自分自身を大切にしてほしい。そして、仕事への取り組み方そのものを見直してほしかったのです。そのために考え抜いたのが、ゴミに感謝し、お礼を言うという独特の方法でした。もちろん、社員からの抵抗は相当なものでした。

峠社長も半ば意地になり、社員一人ひとりに「言ってくれた?」「言ってくれた?」と直接聞き回りました。そんな日々が、実に長いあいだ続きました。

10年かけた浸透、社内の劇的な変化

お客様の場所で収集されたゴミは、1994年に名晃が設立した廃棄物分別所である輪之内リサイクルセンターに集められ、そこで細かく仕分けされて再資源化への取り組みが行われます。ある日、峠社長が「みんな、ちゃんと仕事をしているかな」と様子を見に、輪之内リサイクルセンターを訪れた時のことでした。

現場事務所にいると、「ご苦労様でしたー!」という、それまで聞いたことのない大きな声が聞こえてきたのです。峠社長が驚いて事務所から飛び出してみると、なんと現場の社員4名と、重機を運転している社員1名が、集められたゴミに向かって深々と頭を下げている光景が目に飛び込んできました。

その姿に峠社長は深く感動し、「ありがとうー!」と大声で叫びました。すると、重機を運転していた社員がマイクを通して「社長、プレイボールですよ!」と、明るく応えたのです。この瞬間、峠社長が10年以上粘り強く続けた「ゴミへの感謝」という教えが、社員たちの心に根付いたことを実感したのでした。このユニークな人材育成術が、名晃の企業文化を大きく変革し、社員の安全意識と仕事への誇りを高めたのです。

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